第2話 ヒナミ編 「あのころのやくそく」
私には、カコさんの言葉が頭に入ってきてくれなかった。
『貴女は、リクホクチホーのフェリー事故の遭難に遭って…今も行方不明中よ』
「うそだ」
私は、その真実を受け入れることができなかった。
カコさんによると、私はパーク近海で発生した、セルリアンの災害によって1人だけ、今も行方不明になっているのだ。
外から来たセルリアンがジャパリパークの生態系を荒らしていて、カコさんは今、パークを守るためにフレンズ達と一緒に戦っているという。
「でも…ここには、沢山の仲間がいて…シングもいて…絶対に違う」
ラッキービースト越しから、カコの悲しそうな声が聴こえた。
『仲間?他にもスタッフはいるの?』
そうだ。私以外のスタッフにも連絡しなきゃ、でも…私はこの5年、ここでアニマルガール以外の誰とも話していない。アニマルガールのみんなは、ここがジャパリパークじゃ無いと知って不安で怯えている。ここに…スタッフは私だけしかいなかった。
カコさんとの通信が途切れてしまい、私は震えながら声にした。
「じゃあ、シングは?…どうして亡くなったサヨの記憶があるの?」
何の関係もないはずのアニマルガールに、ヒトの記憶なんて存在するはずがない、なのに。
シングは、怯えた様子で私に話しかけてきた。
「ヒナミちゃん…私だって…どうして昔の記憶が今も残ってるのか、私でも分からないの」
シングは、胸に手を当て私の目を見つめて必死に語りかけてきた。
「だけど!私には…歌が好きな気持ちしかないの!だから、私が歌でみんなを…」
うんざりだ。なんで…乗り越えたと思ったのに。どうして、あの子の面影を追ってしまうの…。
「やめて。あなたはサヨじゃないの」
そう、ここにいるのはアニマルガール。動物がヒトになった存在。
「あなたにサヨの記憶があるのなら、分かるはずでしょ?私は、あの子から歌を奪ったの!私にもう構わないでよ!恨んでよ!憎んでよ!」
どうして…あの頃と同じ、大好きなサヨの記憶があるの…。
「私がまだ歌を好きでいられるのは、ヒナミちゃんがいてくれるから…ただそれだけ…」
じゃあ、私ができるのは1つだけ。
「だったらシング。もう二度と歌わないで、私はサヨを失ってからジャパリパークに行くために音楽の道を諦めてまでパークスタッフになろうとしたのに…」
シングから歌を奪い返す。ジャパリパークにいるかも知れない歌う犬と一緒に歌うために。
「私が一緒に歌いたかったのは、ジャパリパークにいる歌う犬なの。シング…あなたじゃない」
これも、サヨ…あなたのため。
歌をあなたから奪ってしまった私ができる、私が唯一できること。
この罪は…死んでも拭えない、呪いなのだ。
「でも…私は…私はヒナミちゃんに、笑っていて欲しいだけなのに…」
これでいいんだ。あとはもう、思い残すことはない。私は照明を消した研究室に閉じ籠もり、大声で泣いた。
それから、私はここにいるアニマルガール達から…シング達から逃げてしまった。
暗い部屋の中、私の時間はただゆっくりと過ぎていく。身体も動かないし頭も働かない。
段々と放心状態になっていき、意識も落ちていく。
瞼が虚ろになっていく中、私は長い夢を見た。
この星が、地球として誕生する前の長く…果てしない神話を。
「…っ!」
私は、長い間意識を失っていた。
ふと起き上がると、何も覚えていない。
「あれ…。私、なんかすごく長い夢を見ていたような…」
立ち上がろうとしたが、身体に力が入らない。
ただただ無気力で、心も少し重い。
すると、誰かが私に手を差し伸べてくれた。
「おい、そんな所に一人でいたら…心も身体も風邪を引くだろ」
私に手を差し伸べてくれたのは、タテガミズクだった。
「ごめん、テガミちゃん。私…シングに酷いこと言っちゃった」
謝る相手を間違えていることは頭で理解していたが、咄嗟にごめんと口に出してしまった。
「謝る相手を間違えてはいるが…ヒナミ。逆に謝るのは、テガミちゃんの方なのかもしれん」
なんでタテガミズクが謝るの?
私はシングから、みんなから逃げ出したのに…。
「君の夢を応援していたのは紛れもなくテガミちゃんだ。君の叶えられなかった幼馴染との夢を応援したいと背中を押してあげたのは、テガミちゃんの勝手なエゴだった。…君を追い詰めてしまった。申し訳ない」
そう、タテガミズク…テガミちゃんは私のことをずっと応援してくれて、私が作った曲のこともすごく興味を持ってくれて…。
ずっと支えてもらっていたのに、私はその期待を裏切ってしまった。
「私…もう一度皆のことを信じられるかな。ジャパリパークで平和に過ごしてたと思っていた皆のことを、またフレンズだと思えるのかな…」
私は、テガミちゃんの小さな身体に抱きついた。こんなに小さいのに、博物館を一人で管理していて、私の尊敬するフレンズ。
私は、このパークの皆のことが大好きだ。
今でもそう思ってるはずなのに。
テガミちゃんはそっと私の頭を撫でてくれた。
「信じても、信じなくてもいい。」
優しい声で私に囁いてくれた。
「でも、我々フレンズ達ならきっと大丈夫だ。ちっぽけで頼りなくても、一人一人が自分のできることを頑張れば、きっとこの想いはジャパリパークに届く。テガミちゃんはそう信じている」
リッジバックは、今も沢山のフレンズ達を集めてセルリアンと戦うための訓練を始めようとしているという。リッジバックはムエタイという脚を使った格闘技を独学で身につけていたが、ようやく戦うために使うときが来たと必死に頑張っている。
「私、ずっと気にかけていたバセンジーって子の事が心配で、あの子…気も弱くて身体もそんなに強くないから…」
バセンジーは臆病な性格で、いつも些細なことで怖がっている。たまに腹痛を起こして、私のもとによく来てくれていた。
「バセンジーは…歌えなくなったシングのことを気にかけてくれている。あの子はああ見えて凄く強くて優しいんだ」
この島のフレンズ達も、日々成長しているのだ。
それなのに、私は一人で抱え込んで、閉じこもって…。
「私…シング達に謝らなきゃ…」
私は、自分の脚で立ち上がった。
「私は、もう一度皆のことを信じたい!!だって、シングも、テガミちゃんも…リッジバックやバセンジーだって、スマトラドールもアムールもテンシャンも…他のみんなだって…!私の大切な…フレンズだから!」
これまで支えてもらったフレンズや…これからも支えてくれるフレンズのことを…私はずっと大切にしたい。
だって、これまでの私を作ってくれたのはみんななんだから。
「テガミちゃんは、ずっとヒナミのことを応援している。たとえこの想いがジャパリパークに届かなくても…テガミちゃんは我々の居場所を作ってくれたヒナミのことをずっと支え続ける…のです」
私は研究室を抜け出し、博物館にいるシングとフレンズのみんなの前に顔を出した。
でも、不安そうだったみんなの顔は…。
いつも、いや…今まで以上に明るく前向きだ。
「ヒナミちゃん。待ってたよ」
沢山のフレンズの前に、シングは立っていた。
「もう一度、私達と一緒に戦ってくれるって…信じてた」
私は、シングの身体にしがみついて…大声で泣いた。今までごめんって、ずっと寂しい思いをさせてごめんねと…大声で泣き叫んだ。
私は、怖かったのだ。
歌をサヨから奪ってしまった事を、私はずっと後悔していた。
そして私は、シングに対してもまた同じ過ちを繰り返してしまった。
サヨが最期に遺してくれた歌詞には、「もうここに歌なんてどこにもない」「あの日から全てを失った」と…私に対する恨みが書かれていた…と、今まではそう思ってた。
でも、もしサヨの記憶が本当にシングに遺ってて…本当に私はサヨから歌を奪っていたのだとしたら…。
目の前にいる歌が大好きなフレンズは、サヨの歌が大好きな想いを繋げてくれている大切なフレンズ。
きっと、歌う犬の姿になって…私のもとに戻ってきてくれたんだと…。少しだけ、そう信じることにした。
本当は今でも信じられないけど、目の前で起こっているのは…。間違いなく奇跡そのものだ。
『おかえりなさい、ヒナミさん』
と、何処からともなく声がした。
シングのことに夢中で、隣にいるスマトラドールが抱えていたラッキービーストに気づかなかった。
「ジャパリパークから私とヒナミちゃん宛に通信が届いたんだ」
なんと、その通信の相手は…私がずっと憧れていたアニマルガール…『ニューギニアハイランドワイルドドッグ』だった。
『ヒナミさん。サヨさんと…私のために…パークスタッフになる夢を叶えようとずっと頑張ってくれていたこと…本当に感謝しています』
通信越しのハイランドワイルドドッグちゃんは、初めて話す私にありがとうと…言葉にしてくれたのだ。
「今度ね、ジャパリパークから3人のフレンズがここに来るんだって!私達の事を助けようと、今頑張ってくれてるって…」
シングが、そう教えてくれた。
私達の想いは、時空を越えて…ジャパリパークの皆に届いていた。
『残念ながら…新与那国島の皆さんをすぐにジャパリパークに送ることは難しいです。それでも、私はずっと待っています!シングちゃんと…ヒナミさんと…一緒にジャパリパークで歌うその時を!』
色んな感情が、たくさん溢れてきた。
今まであの頃の約束のために必死に頑張ってきたことは…無駄じゃなかったって…。
「うん。絶対に、みんなで行こうね…ジャパリパーク」
私はここのフレンズの皆と、ジャパリパークにいるハイランドワイルドドッグちゃんと、絶対にジャパリパークで歌を歌うと約束をしたのだ。
これから先、どんな未来が待ち受けていようと…。
私は願いを紡ぎ続ける。
たとえどんな困難が待っていても、私達は戦い続ける。
私の大好きの気持ちがいっぱい詰まっている、「創造の方舟」…新与那国島で。
第4話 シング編に続く。
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