Prologue アサヒ編 「さいこうのおんがく」

私の前に、変なやつが現れた。

「はじめまして…普通科から編入してきた、2年生のヒナミです。大好きな友達のために音楽を作りたくて…音楽科に編入してきました」

友達のため…。くだらない。

将来のことなんにも考えてないくせに。

「音楽なんて、目指すなよ」

たまにこういうやつが音楽科に入ってくる。

夢だの誰かのためだの下らない。

「何もできないのに、音楽になんて夢をかけるな。私は…心が踊る言葉を探してる」

それができないなら…。もう…。

「一週間だ。それまでに私に歌詞をくれなかったら、もう普通科に戻れ。できなかったら諦めた方がいい」

音楽なんて…嫌いだ。

こんなやつ…さっさと無理やりにでも諦めさせよう。

好きなことがあるやつには、私の気持ちは分からない。

「…なんだこれ」

そいつが見せてくれた歌詞には、夢だの…奇跡だの、歌が好きだの…。詭弁ばかり書かれてる。

「私の友達の歌詞…サヨっていうの」

サヨ…何処かで聞いた名前だ。

「もしかしてお前、あのサヨと友達だったのかよ」

小学生の頃、私の前で意味の分からない歌を歌って…気づいたら一人になってたやつ。

「サヨのこと、知ってるの?」

私はあいつが嫌いだ。

歌を歌う勇気がない、中途半端なやつ。

「ダメだ。心が踊らない…それに言っただろうが、お前が作った歌詞を見せてくれって…」

人が作った物を見せに来るなんて、馬鹿にしてるのか。

「うん、分かった。それじゃあ、サヨの為に歌詞を作ってくるから!今度私のうちに遊びに来てよ!」

なんだコイツ。人の前でニコニコしやがって。

「チッ…じゃあ、明日持ってこなかったらさっさと普通科に戻るんだな」

そして、そいつは私に歌詞を見せてくれた。

これは友達のための歌詞だと言っていた。

歌が歌えなくなってしまった、歌を失ってしまったサヨへの曲。

「Serenade…愛する人の為に…この曲を捧げているのか」

人の為に、ここまでできるなんて。

「サヨは…中学1年の二学期に、私の前から居なくなったの。私があの子から歌を奪ってしまったから」

私は思い出した。隣町の中学1年生の女の子が、同級生の目の前で自殺した事件を。

「サヨ…お前だったのかよ…勝手に人の前から居なくなりやがって…」

こんな奴…始めてだ。

私は、夢のために音楽科に入ってきたやつをとことん諦めさせてきた。

音楽が大好きなだけで、入ってきたやつを全員普通科に戻してやって、人並みの生活を送らせようとしていた。

音楽ができても良いことなんてない。

天才だ何だと囃されて、普通の人生なんか…今まで送れたことがない。

でも、あの頃歌が好きになったのは、サヨ…お前がいてくれたからなのに…。

「お前、動物が好きなんだろ。確か…歌う犬と一緒に歌うって」

あいつは、私に話してくれてた。

『私、約束したの。大好きな友達と、一緒にジャパリパークで歌う犬と歌うんだ!』

その友達は、ヒナミ…お前だったのか。

「ん…パークスタッフの採用情報だ。これ持ってさっさと普通科に戻れ、でなきゃ私が許さない」

私は、ヒナミの歌詞を持って帰ってメロディを作ってあげた。

「凄いよアサヒちゃん!私こんなメロディ初めて!」

今までで、最高の音楽を作ってあげた。

私の最高傑作だ。

「ところで、お前セレナーデの意味知ってんのかよ」

私がサヨを最初に好きになったんだ。

これだけは、譲らない。

「えっと…日本語訳で小夜曲って書いてて…サヨの名前が入ってたから…」

なんだコイツ…。調べた言葉そのまんま使ってたのかよ。

「お前はもっと音楽史を調べろ。音楽を知らない中途半端なやつが音楽科に入ってくんな」

でも、そのままでいい。

「えっ…!なんでそんな事言うの!すぐ歌詞直すから許して!」

全く、行動力だけは立派だな。ヒナミは。

「ダメだ。それで提出したんだから直すなんて言うな」

私は応援してる。

お前がジャパリパークで、歌う犬とセレナーデを奏でることを。


私はヒナミが普通科に戻ったあともそばにいてあげた。

高校卒業まで、ずっと…。

「ありがとうアサヒちゃん!私!ジャパリパークに行ける!」

あいつは頑張って、ジャパリパークの採用試験に合格したのだ。

「…頑張れ、ヒナミ」

サヨの歌が好きな想いを、ジャパリパークの歌う犬に伝えてやってほしい。

「ん?なんか言った?」

なんでもない。

「頑張れって言ったんだ、それくらい聞こえないのかよ」

いつもの癖で、真逆の事を言ってしまった。

「うん!アサヒちゃんも、いつかゲストとしてパークに遊びに来てね!」

ああ。

「行けたら、行く」

絶対に、ジャパリパークで夢を叶えてこい。ヒナミ。


1話 ヒナミ編に続く。

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