2話 創造の方舟
第2話 シング編「もうひとつのうた」
私の中には、歌が大好きな気持ちしか残ってない。
私の中には、歌しか残ってなかった。
「だったら、もう二度と歌わないで」
「私が歌いたかったのはジャパリパークにいる歌う犬なの。シング、あなたじゃない」
また…私は歌が歌えなくなった。
大好きなヒナミちゃんに、歌うことを拒まれてしまった。
カコさんの話を聞いてからヒナミちゃんは、私達の前に顔を出してくれなくなってしまった。
ヒナミちゃんは子供の頃から優しいから、きっとあの言葉は優しい嘘なんだって、頭では分かっていても。
歌が歌えなくなってしまった暗い過去が、頭によぎる。
「ヒナミちゃん…私、一体どうしたら」
そんな時、私の前に1人のフレンズが顔を出してくれた。
「シングさん…ですよね。はじめまして。私、ヒナミさんにいつもお世話になっているバセンジーっていいます」
そのフレンズは、少し怯えた様子で私に話しかけてくれた。
「私、身体が生まれつき弱くて…お腹をすぐ壊しちゃって…いつもヒナミさんに助けてもらってたんです」
バセンジーちゃんは、ここのフレンズ達が不安そうにしている中、勇気を振り絞ってヒナミちゃんの代わりにみんなをまとめてくれていたのだ。
「ヒナミさんが戻ってくるまで…せめて少しの間だけでもみんなを勇気づけてあげたくて。これが、私のできることだから」
でも、バセンジーちゃんは少し苦しそうにしていた。きっと、一人で無理してるんじゃないかなって…少し心配になってしまった。
「バセンジーちゃん…その、お腹大丈夫?無理してない?」
するとバセンジーちゃんは横に首を振って、
「大丈夫。だってこれは、私がやりたくてやってることだから…少しでも代わりになれてあげられたら、ヒナミさんもきっと喜んでくれるから…いてて…」
やっぱり、バセンジーちゃんは苦しそうにしている。
「私、ヒナミちゃんのところに行ってくる。だってこれは…私との約束が原因だから…」
ヒナミちゃんが小学生の頃交わした、歌う犬と一緒に歌う約束。私は今でも覚えている。
でも、この姿になってから…時々私の前に私そっくりのあのセルリアンが現れて、私に襲いかかろうとしてくる。
まるで昔の私のような…歌を失ってしまったあのどす黒い感情が私に襲いかかってくるかのような…。
「待て、シング」
「シングはまだ何もしなくて良い。テガミちゃん達がなんとかする」
そこに、テガミちゃんとリッジバックちゃんが現れた。
私とバセンジーちゃんは、2人に博物館の地下に連れて行かれた。
「これを見てくれ」
リッジバックちゃんは、スマトラドールちゃんが作ったというセルリアンを確実に殺すために開発した「アンチサンドスターバリア抑制物質」で構成された兵器…通称「ガグンラーズ」を私に見せてくれた。
その形状は、剣や弓、槍や杖など様々だ。
「…私、ちょっとお腹が…!失礼します!」
ガグンラーズを見たバセンジーちゃんはお腹を壊し、地下でゆっくり休むことにした。
「セルリアンを殺す兵器、ガグンラーズ…」
名称の由来は最高神オーディンの別名「勝利を決める者」。
だが、これを開発したものの…誰一人としてこの兵器を扱えるフレンズは居なかった。
これを振るう勇気を持つフレンズがここにはいないのだ。
「スマトラドールは…ヒナミがいない短期間で確実にセルリアンを殺すための兵器を作り上げてしまった。全くとんでもないフレンズだ」
資料にしか無いラッキービースト1型を作り上げてからというもの、スマトラドールちゃんの技術力によって様々な設備がこのパークに出来上がった。ヒナミちゃんがいない間に著しく発展を遂げたこのパークは、恐らく…ジャパリパークの技術力を遥かに超えていた。
「あいつは必死で自分にできることを頑張ってるのに、俺には…この脚しかない」
リッジバックちゃんは、ムエタイという脚を使った格闘技を独学で習得したという。
「あんなものを振るえる勇気は、俺にはない…だってあれは、殺す為の兵器だ…セルリアンを倒すためのものじゃない」
リッジバックちゃん含めここのフレンズ達は、今までセルリアンと戦ったことがない。平和に暮らしてきた私達は、他の生き物を殺す勇気がないのだ。
リッジバックちゃんから聞いた話によると、スマトラドールちゃんはこう言っていた。
「リッジバック…まだ、お前はセルリアンと戦ってわかりあえると思っているのか、だったらやめた方がいい。ジャパリパークの資料を見たが、アレは我々を脅かす害獣だ。…即刻絶滅させるべきだ」
スマトラドールちゃんは既に、覚悟を決めていたのだ。
「俺は、この脚を何かを殺すために振るうつもりはない。大切なものを守るために…この脚を振るう」
ヒナミちゃんのことを大事に思っているからこそ、リッジバックちゃんは何かを誰かのために傷つけたくないのだ。
それがたとえセルリアン、私達の敵でも。
「リッジバックちゃん…」
私達は、この先どうすれば良いのだろうか。
ヒナミちゃんの居ないこの場所で、どうやって過ごせば良いのだろう。
「やあ、みんな。元気にしてるかい」
そこに現れたのは、深くフードを被ったフレンズ…?なのかな?
「あの、あなたは誰ですか?」
名前を聞いたが、名乗るほどのものでもないと名前を聞くことはできなかった。
「へえ、私が見ない間に凄いことになってるじゃないか、やっぱりこの楽園は最高だな」
そのフレンズは、ジャパリパークとこの島を自由に行き来できる、ジャパリパークの様子を唯一知っているフレンズだった。
「でもね、私を見たら外から誰かきたぞー!!セルリアンか!?って騒がれちゃうからさ、身を隠すことにしてるんだ」
しかし、ジャパリパークの設備…主にラッキービーストは厳重に管理されており、ここに持ち込むことができなかったとそのフレンズは言っていた。
中でもトップクラスに機密されているのがこことジャパリパークを繋げるという時空転移装置。
その装置をここに持ち込んでしまえば、ジャパリパークとこのパークは破滅に向かってしまうと言っていた。
「でも、ジャパリパークにいるフレンズの情報なら…一人教えられる子がいる。シングちゃん…君にもし、仲間がいるとしたら…君はどうする?」
私に、仲間が?
「その子は、もしかして…」
私とヒナミちゃんがずっと憧れていた、歌う犬…?
「私はニューちゃんって呼んでるよ。歌が好きで、とっても頑張り屋で…。会いたい?」
でも、私達はジャパリパークにはいけない。
「会いたいです…話をするだけでも…!」
でもそんな事ができるの…?カコさんの時の様な奇跡は、起こるのだろうか…。
怪しいけど…私はそのフレンズの話を信じることにした。
「ここのフレンズが作ったってラッキービースト、見せてくれないかな」
バセンジーちゃんを背負って私は博物館に戻り、スマトラドールちゃんのもとに行った。
スマトラドールちゃんはラッキービーストを名も無いフレンズに見せた。
「なるほど…1型がベースなのに、ジャパリパークのラッキービーストの性能を遥かに超えている…凄いな君は!さすがだ!」
名も無いフレンズはラッキービーストに手を触れ、それで準備が完了したと言った。
「じゃあ、私はニューちゃんのもとに戻るよ。あの子も寂しがってたから、ゆっくり話してね」
名も無いフレンズは、そのままどこかに消えてしまった。
しばらくすると、ラッキービーストに通信がかかった。
『えっと…これで聴こえてるのかな…。あー。聴こえますか?』
少し、緊張している。だって、あのニューギニアハイランドワイルドドッグのフレンズと、直接話せるのだ。こんな事、もう二度と無い。
「えっと…ハイランドワイルドドッグちゃん、はじめまして…シンギングドッグのシングです」
私は、恐る恐る話しかけると、ラッキービーストから歌が聞こえてきた。
『シングちゃん〜♪はじめまして〜♪私はニューギニアハイランドワイルドドッグ〜♪あなたの歌を聴かせて〜♪』
えっと…どうしたら良いんだろう。
「ちょっと待って!私今、歌えなくて…大切な友達…ヒナミちゃんにもう歌わないでって…」
でも、ハイランドワイルドドッグちゃんは構わず歌い続けた。少し…おかしなフレンズなのかな…。
『聴かせてください。あなたの友達の話』
しばらくすると歌は止まって、真面目に話してくれました。
そして私は、ヒナミちゃんのことを教えた。
『そうだったんですか…私、そのヒナミちゃんってヒトと、お話がしたいです。私のために夢を叶えようとしてくれていたなんて…素敵な友達なんですね』
ハイランドワイルドドッグちゃんは、ヒナミちゃんと話したがっていた。
「今すぐ、ヒナミちゃんをここに連れてこなきゃ…!」
そして私は、このパークにいる全てのフレンズを集めた。
テガミちゃんは、ちゃんと話し合って…ヒナミちゃんを連れ戻して来てくれた。
そして私達はジャパリパークに絶対行くと、ハイランドワイルドドッグちゃんと一緒に歌うと約束した。
『絶対に〜♪会いに来てくださいね〜♪それでは〜♪』
ラッキービーストの通信が切れてしまった。
「シング、今なら歌えるか?」
テガミちゃんは、私のために素敵な衣装を作ってくれていた。
「うん、大丈夫。だってまだ私達の夢は、始まったばかりだから」
ここで終わりになんか、したくない。
そして私は大勢のフレンズの前で歌を歌った。
私は歌い続ける。
この願いが、ジャパリパークに届くまで。
2話 シング編2に続く。
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