第1話 ヒナミ編「さよのためのうた」

「ヒナミ、おめでとう。長い道のりだったが、ようやく見つかったじゃないか」

 テガミちゃんから私に「ニューギニアシンギングドッグ」のアニマルガールの発見の報告を受けた。

 このジャパリパークに来てから、ずっと念願だった事が叶った。

 ー待ち望んでた、この日が来た。

 サヨの為に作った曲を、歌う犬と一緒に歌う日が。

 これで、サヨも喜んでくれるかな。

 歌が大好きだったあの子の為に作った、私の想いを素直に描いた曲。

 私のこの想いが、この曲が…明日に繋がってくれた。

 素敵なメロディを作ってくれて、本当にありがとう。

「アサヒちゃん。この曲、ずっと大事にするね」


 どんなときでも…あの日の約束は、夢は叶えられるんだ。


 そして、奇跡が目の前で起こった。

 歌う犬の歌声が、パーク中を輝きで溢れさせている。

 私の想いが、歌が繋がった。


「どうだったかな、ヒナミちゃん、みんな!私の歌…」

 あの子と同じ優しい歌声が、みんなを楽しませている。

あんなに歌が大好きだったサヨとおんなじ歌声だ。

 でも、もうあの頃のサヨが居ないことには変わりないのだ。

 サヨは私の目の前で、突然命を絶ったのだから。

「うん、シング。とっても良い歌声だったね」

 私には何故か、ニューギニアシンギングドッグのアニマルガール、通称シングは亡くなったサヨの記憶を所持しているように見える。

これは奇跡なのだろうか。いや、わからない。これはきっと勘違いだ。

目の前にいるのはアニマルガールだ。ヒトの記憶なんて、残っているはずがない。

「ヒナミちゃん、久しぶりに会ったんだから、これから一緒に博物館でも見に行かない?」

 目の前にいるのはサヨじゃないはずなのに、あの頃と同じ笑顔で語りかけてくる。楽しかったあの頃を思い出してしまう。

「…うん、いいよ。これまでの私のことも、少し話したいから」

 でも、やっぱり私はこの子に会えて嬉しい。素直にそう思った。

「あの時のパークスタッフになるって夢…叶えてくれたんだ。私、とっても嬉しいよ」

 シングは、にっこりと私の前で笑った。

「…ごめんね。悲しい想いさせて、声が出せなくて…辛かったよね」

 でも、さっきの言葉は…。サヨから歌を奪ってしまった私に響いてくる。

シングにもし、本当にサヨの記憶があるのなら。もう一度…この子とならあの日の約束を叶えられるかもしれない。

「私こそ、さっきは変な事言っちゃってごめん。でも、ようやく夢が叶ったよね!大好きなヒナミちゃんと、歌う犬になって一緒に歌うって、なんか変な感じで叶っちゃったけど。素直に嬉しいな!」

 そうだ、あの曲の話、シングにしないと。

「私ね…シングと一緒に歌いたくて、パークに来るまでずっと曲を作ってたんだよ。私が作ったのは歌詞なんだけど、高校の友達がその歌詞にすっごいメロディつけてくれて、私すっごく嬉しかった!」

 シングはちょっと妬けた表情をしながら、またにっこりと笑ってくれた。

「その友達の事、少し聞いてもいいかな?私の歌詞にもいい曲作ってくれないかなあ」

 もちろん、私はアサヒにサヨが作った歌詞を見せたことはあるけど、1つもメロディを作ってくれなかった。『歌が好きな気持ちは伝わるが、心が踊らない』って…シングの前では話さないことにしよう。

「あの子…アサヒはね、同じ音楽科のクラスメイトだったんだ」

 私は中学を卒業してから、音楽の道に向かったのだ。

 サヨの為に、絶対にいい曲を作ってあげたいって。

 あの子が作った歌詞に、素敵なメロディをつけてあげたいって、そう思ってた。

「ヒナミちゃん、音楽やってたんだ。ちょっと意外かも」

 動物が好きだった図書委員長の私しか知らないシングは、凄く驚いた表情をしていた。

「でも、なんで、音楽の道じゃなくてパークスタッフを目指したの?折角、動物以外の好きな事ができたのに」

 それは…。

「大好きなサヨの為に作った曲を、シングと歌いたかったから」

 そのために私はパークスタッフになった。子供の頃からずっと夢だったから。

「アサヒはね、私が音楽の道に行くのを反対したの。ずっと夢だったのに。なんで諦めるんだ、って」

 サヨの歌詞を見ても心を踊らせてくれなかったアサヒは、たった一曲、私が作った歌詞にメロディを作ってくれた。

「そうなんだ、アサヒちゃんのお陰で私達またこうして出会えたんだね」

 博物館を一回りして、私は自分の部屋からアコースティックギターを持ってきてシングと一緒に外に出た。

「この曲、弾くの難しいんだよな。でも、ずっと夢だったから」

 ギターを持って樹の下に座りかかると、シングも隣に座り込んだ。

 シングの為に作っていた歌詞カードを渡して、私はギターをかき鳴らす。

「それじゃあ、一緒に歌おうか」

 あの子の為に作った、セレナーデを。


『♪うたうよセレナーデ 奇跡を願うんだ

 歌を繋げよう 僕らのこの想いを』


『♪どんなときでも僕らは 夢を叶えられるよ

 果てしない道でもいつか 絶対に願いは叶うよ』


『♪真っ暗な闇 たとえ不安でも

 手と手を重ねて 進めばフレンズ』


『♪勇気を出したなら 真っ直ぐに進もう

 ココロが騒いで 楽しくなっちゃうよ』


『♪僕のこの願いを 明日に繋げるんだ

 一緒に叶える 希望へ続く夢』


『♪うたうよセレナーデ 奇跡を願うんだ

 歌を繋げよう 僕らのこの想いを』


『♪歌は世界を 変える勇気の魔法

 溢れ出す 僕らのココロの音で』


『♪言葉を描いて メロディを奏でて

 一緒に歌えば 奇跡も叶うから』


『♪星に願いを ココロ声に乗せて 

 どこでも行けるよ 歌があれば』


『♪僕のこの願いを 明日に繋げるんだ

 一緒に叶える 希望へ続く夢』


『♪うたうよセレナーデ 奇跡を願うんだ

 歌を繋げよう 僕らのこの想いを』


『♪永遠に奏でよう 僕らのこの想いを』


 ようやく叶った。私の夢。


「そういえば、ヒナミちゃん。セレナーデってどういう意味なの?」

 シングが純粋な瞳でこちらを見つめてくる。

「うっ…」

 目の前にいる子は、サヨじゃないのに…すごくどきどきしてしまう。

「…えっとね、大好きなヒトに歌う曲って意味かな…」

 私はこの歌詞を作った時、「小夜曲(セレナーデ)」の意味をよく知らずに歌詞に書いていた。アサヒに指摘され、書き直そうとも思ったが、『私はそのままの歌詞がいい』と訂正を許してくれなかった。すごく恥ずかしい。

「じゃあ、私のこと大好きなの?やった、嬉しい!」

 シングは凄く喜んでいて、尻尾をぶんぶんと振り回している。

「それじゃあ、帰ろうか。みんなの所に」

 私はギターをしまって、よいしょと立ち上がる。

「…」

 しかし、シングは反応を見せず、どこか遠くを見つめ指を指していた。

「見て、ヒナミちゃん」

 指した指の先には。鏡写しのシングのような人影がこちらに向かってきた。

「仲間?」

 こちらに向かってくる人陰は、ゆらゆらと身体を揺らしながら歩いてくる。怖い。

 すると、人陰は凄い勢いでシングと私に向かって腕を振り下ろしてきた。

「っ!?」「ヒナミちゃん!」

 私はシングに抱き抱えられ、シングの人並外れたジャンプ力によって回避する。

「…」

 しかしその人影も同じジャンプ力でこちらに襲いかかってくる。

 私はシングに抱き抱えられたまま、ただひたすら夜のサバンナを逃げ回った。

「なんなのあれ…私に似ていたけど、一体…」

 もしかすると…パークの資料にあったセルリアンって怪物…?この5年で、セルリアンなんて遭遇したこと無かったのに…?

「セルリアン…本当にいたの…?」

 今まで平和だったパークの平穏が、崩れ去ろうとしている…?

 セルリアンだと思われる人影は姿を消し、私達は研究室に戻った後、博物館からテガミちゃんとリッジバック、そしてパークのフレンズ達を呼びかけた。

「パークの資料でしか存在を確認できていない怪物が、このパーク内に居ると?」

 セルリアン。アニマルガールの輝きという概念を奪うと資料には書いてあるけど、そんな怪物に遭遇したフレンズは、このパークには誰1人も居なかった。

「テガミちゃんも存在自体は知っていたが、シングを狙っているという事は…」

 リッジバックも…そばにいる周りのフレンズ達も、今までそんな怪物と戦った事がない。

「ああ。書いてある通りなら…このままだとシングの輝きが、奪われてしまう。」

 シングの…いない世界…。

「そんなの、いやだ」

私はサヨの歌に、アサヒの音楽に助けられてここまで来たんだ。

約束の歌を一緒に歌ったシングと、離れ離れになりたくない。

やっと子供の頃の夢を一緒に叶えたから、これからもずっとそばにいたい。

この先も、ずっと…。

「戦おう。このままじゃ、パークから歌が消えちゃう」

私は決めたんだ、もう迷わない。絶対にシングを守るって。

今こそ、フレンズ達で力を合わせるべきだ。

「でも、テガミちゃんもリッジバックも、セルリアンと戦う術なんて…」

確かに、これまで私たちはセルリアンのいない世界で平和に過ごしてきた。

「戦う手段ならある」

博物館に集まったフレンズの中の1人が、声を上げた。スマトラドールだ。

「私たちでできることをやるんだ、直接戦えなくても…武器はある」

そうだ。ここにはたくさんの個性に溢れたアニマルガールがいるじゃないか。「ここにはセルリアンの情報だけでは無く、ジャパリパークのあらゆる資料が置いてある。そこから対抗策を探すんだ」

私たちはパークの中にあるあらゆる情報を調べ、セルリアンに対抗する手段を探し回った。

「…待って」

見つけた、対抗策。

ジャパリパークに配備されてる通信用ロボット、ラッキービースト。

これがあればきっと…。セントラルに通信できる。

「でも、おかしいな…」

私がいる研究室にはラッキービーストなんて置かれてないし…そもそも。

ここに配備されてからの五年間、今まで一度も見た事がない。

「ラッキービースト…そんなものが。なら私がこの資料を見てシステムを1から組み上げてみる」

なんとスマトラドールは、1人でこの資料を見てラッキービーストを作り上げるつもりだ。天才だ…。

「フレンズって、なんでもできるんだ。凄いね」

シングがスマトラドールを褒める。

「いいや。私にできる事をやってるだけだよ。他のフレンズ達だってそうだ」

こうして、スマトラドールは資料から、高性能のラッキービーストを作り出した。資料にあるのはI型のみだったが、スマトラドールの作ってくれたラッキービーストならきっと…

ここのフレンズ達は、みんなそれぞれできる事を頑張っている。

きっとこの困難だって、みんなとなら乗り越えられるはずだ。

「私にできる事…」

私にできるのは、せいぜい動物の知識と、高校の時に少しだけやってた音楽だけ…役に立つ事なんか、あるのかな…。

『♪僕のこの願いを 明日に繋げるんだ』

突然、シングが口ずさんだのは。私の歌だ。

『♪一緒に叶える 希望へ続く夢』

そうだ。私には、この子に繋いだ歌がある。

「シング、歌おう」

せめて、私が作った曲とシングの歌で、みんなを勇気づけるだけなら…

私は息を吸って大好きなあの子に贈った言葉を口ずさむ。

『歌うよセレナーデ 奇跡を願うんだ』

スマトラドールが、ラッキービーストの電源を入れ、パークに接続する。

『歌を繋げよう 僕らのこの想いを』

すると、突然奇跡が起こった。

『こちらカコ、聴こえるかしら』

カコ副所長の声だ。ここにきてからずっと聴いてなかった。私の憧れの存在。

「カコさん!聴こえますか!ヒナミです!」

すると、カコさんは驚いたような声で、私にこういった。

『ヒナミ、今どこにいるの。パークには連絡も入らないし、ずっと貴女を探してたのよ』

え…。

「私は今もジャパリパークにいますよ、だってここにはアニマルガールだって…」

しかし、返ってきた言葉は、信じがたい事実だった。

『貴女は、リクホクチホーのフェリー事故の遭難に遭って…今も行方不明中よ』

じゃあ…。

「私がいるここは、どこなの…?」


第2話 ヒナミ編に続く。

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