第8話 着信

 藤宮さんとの関係が柊に知られてしまった今、俺の初恋は終わりかも知れない。

 ――藤宮さん、正直なのはいいところだと思うけど、今のはもうちょっと気を使って欲しかったな。


 そんなことを考えている間も場は異様にシンとしていたが、藤宮さんが口を開く。


「双葉ちゃんもストーカーにつけられていて困ってるって言ってましたよね? 私が言えたことではありませんが、充分注意して下さい」

「ありがとう、樺恋。うん、気をつけるよ」

「柊、警察には相談してるのか?」

「ううん、特に今のところ実害は無いからまだ」


 実害が出てからじゃ手遅れなんだけどなと思いながらも、おせっかいかと思い、強く言えない。


「もし何かあったら連絡して来てくれよ。助けに行くから」

「へぇー太一頼りになるじゃん。……そうか、樺恋の事も実際助けてるもんね」


 実際柊が事件に巻き込まれたとして、俺がどう立ち回れるかは分からない。

 ただ、柊を守れるのならこの身に替えてもという心持ちはある。


 その後は話題が切り替わって、二人のコンカフェでの出来事などを聞きながら楽しく食事を終えた。

 会計は折半だったが、俺の財布は何とか耐えられた。


 そして、三人で山手線に乗って目黒駅に到着する。


「今日は楽しかったよ! また来週ね」

「柊、送って行かなくて大丈夫か?」

「私の家ここからすぐだしいいよ、ありがとう。それよりちゃんと樺恋のこと守ってあげてね?」

「ああ、分かった」


 柊と別れを告げ、俺と藤宮さんは朝来た坂道を下っていく。


「冬夜さん、今日はすみませんでした」

「えっと、何がだ?」

「双葉ちゃんに私と冬夜さんがシていることを話したことです。冬夜さんの好きな人って双葉ちゃんですよね? すみません、私牽制しちゃいました……」

「何で分かったのかは分からないけど、確かに柊が好きだよ。俺が言うのもなんだけど、牽制の効果としては抜群だと思う。柊が俺の事を意識しているのが前提だけど」


 そう、今自分で言った通り、そもそも柊が俺の事を意識していなかったら「ああ、そうなんだ」程度で終わってしまうことなのだ。


「今日の反応を見る限り、双葉ちゃんは何か思うところがあるという感じでしたけどね。私昨日は冬夜さんが好きな人と付き合うまで構ってくださいみたいな事を言ったと思うんですけど、やっぱり我慢できません。私も好きになって貰えるように努力します」


 ――もう既に藤宮さん単体で考えれば充分好きになって来てるんだけどな。


「気持ちは嬉しいよ。ありがとう。まあまだ知り合ったばかりだし、ゆっくりお互いの事を知っていければ」

「確かにそうですね。これから冬夜さんに時間をかけてアピールしていきます♡」


 そうこう話しているうちにアパートへと到着する。

 今日はさすがに自分の家に帰るつもりだ。


「冬夜さん、今日も添い寝して欲しかったです……」

「いや、この2、3日で疲れが溜まってて、今日は家でゆっくり寝たいんだ」

「私のせいですよね、すみません。そういうことでしたら、今日はゆっくりお休みください」


 俺は藤宮さんと別れて家に入り、風呂に入った。

 出てきた頃でもまだ21半過ぎで、寝るのにはまだちょっと早い時間だった。


 すると、壁越しに何やら声が聞こえてくる。


「(はぁ……はぁ……冬夜さん、気持ちいいです……)」


 ヤバい、藤宮さんが一枚壁を隔てた向こう側で一人でシているようだ。

 ここのアパートの壁が薄いのを藤宮さんは知らないのだろうか。

 が、わざわざ出向いて行って「聞こえてますよ」とはとても言えない。


「(あんっ……はぁはぁ、冬夜さん、激し過ぎます……)」


 自分とエッチをしている妄想で藤宮さんがシていると思うとどうしようもなく興奮してくる。

 それに藤宮さんの吐息混じりのエッチな声を聞いていると、昨日の藤宮さんとの上書きが思い出された。

 次第に俺も興奮してきて、始めてしまう。


 ――ヤバい、AV観ながら一人でするよりも何倍も興奮する……

 これからでも添い寝しに行ったら、またできるのかな?

 いいや、昨日のは藤宮さんも言ってた通り、あくまでもあの思い出を消すための上書きだ。

 欲望のままに迫ったら、俺もあの強姦魔と変わらないじゃないか。


 そんなことを考えていると、藤宮さんへ罪悪感が芽生えてきてしまい、段々と萎えてきてしまった。


 ――トゥトゥル トゥトゥル トゥトゥルトゥトゥ トゥルン


 LINEの着信音だ。

 表示を見てみると、柊から通話が掛かってきているようだった。

 何かあったのだろうかと思いながら通話に出る。


「もしもし、柊か? どうした?」

「太一、私襲われちゃった……怖くてどうしていいかわかんない……お願いだから今から来て」

「!? 怪我はしてないのか?」

「うん、怪我はしてない」

「分かった。タクシーで行くから5分くらいで着けると思う。住所だけ送っておいてくれ」

「うん……」


 電話を切った俺は大急ぎで支度をしてタクシーに乗り込んだ。

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