第7話 Alice Magic
「!? 何で柊がここにいるんだ!?」
思わぬところで柊に遭遇し、動揺してしまう。
動揺の原因は、メイド服を着た柊の可愛さにもある訳だが。
学校での柊は綺麗な金髪をハーフツインにしているが、今日はツインテールだ。
普段より幼い感じがするが、それもまた可愛い。
「太一こそ何でここにいるの? さては樺恋に聞いて来たとか?」
「いや、昨日も話したけど、この前藤宮さんが危ない目に遭ったから、アルバイト先まで送り届けることになって、そのついでと言うか」
俺がそう言うと、柊は「へぇー?」とニヤニヤした顔をしていた。
――ああ、また柊に誤解されるようなことになってる……
そうは思いつつも、仕方ないので開き直って会話を続ける。
「柊はいつからここで働いてるんだ?」
「去年の10月くらいだから、ちょうど入って半年くらいかな。私特に部活もやってないし、面白そうなアルバイトやってみようと思って。ちなみに樺恋は私が誘って三ヶ月程前に入ったところよ」
「二人とも勉強もちゃんとやって、アルバイトまでやってて偉いな」
「そう思うなら太一もアルバイトやってみればいいじゃん。いいところ紹介するよ?」
「ああ、それじゃまた紹介してくれ」
今まで何もして来なかったから、柊をきっかけにして始めるのはいいかもしれない。
「雑談が長くなっちゃったね。まず、お店でのご主人様のお名前を決めないといけないんだけど『太一ご主人様』で大丈夫?」
「ああ、それで頼む」
そして、この店についての説明を受ける。
どうやらメイド喫茶だと思っていた店はコンセプトに基づいたカフェ、通称コンカフェという形態らしい。
それからこのコンカフェの世界観や、料金形態、メニュー等の一連を説明された。
その中で気になったのが『キャストドリンク』というものだ。
特定のメイドさんとある程度の時間話をしたい場合は、指名してドリンクを入れてあげなければいけないらしい。
キャストドリンクを入れなくても一応手の空いているメイドさんは話かけてくれるそうだが。
「メニューはどうしようか? 初回だとこのオムライスとチェキとキャストドリンクがセットになったメニューがお得だけど」
「それで頼む」
「キャストドリンクは誰に渡す?」
「じゃあ藤宮さんに」
柊にもドリンクを入れたかったが、何故か気恥ずかしさと遠慮から言うことができなかった。
「太一、ちなみにここのお店の中では苗字禁止だから。双葉と樺恋でよろしくね」
「ああ、分かった」
普段苗字で呼んでいるところを下の名前で呼ぶのは何となく気恥ずかしいものがある。
できる限り名前を呼ばないスタイルで行こう。
そして、オーダーを聞き終えた柊はバックへと戻って行く。
暫くするとドリンクを持った藤宮さんがやってきた。
「何だか太一さんって呼ぶの恥ずかしいですね。えっと、ドリンクありがとうございます。乾杯っ」
「ああ、乾杯」
メイド服姿の藤宮さんは普段より清楚な感じがして、柊に負けず劣らず可愛い。
ここ2、3日散々話していたはずなのに、何を話していいか分からなくなってしまう。
「太一さん、チェキは誰と撮りますか?」
柊とのツーショットは欲しいところではあるが、藤宮さんにそれは伝えづらい。
「チェキは持って帰っても持て余しそうだし、今日はやめておくよ」
「そうなんですか? であれば、私と撮って頂いて、私にそのチェキ頂けませんか?」
「ああ、構わないよ」
撮影を他のメイドさんにお願いして、チェキを撮って貰う。
藤宮さんはでき上がりを見て満足しているようだった。
すると、藤宮さんは近づいてきて俺の耳元でこそこそと話し出す。
「(19時で私も双葉ちゃんも退勤なんですけど、その後食事の約束したんです。冬夜さんもご一緒にどうですか?)」
「(ああ、俺も行くよ)」
「(じゃあ19時半に東京駅に集合でお願いします)」
その後も暫く店に滞在したが、柊と藤宮さんはメイドさんの中でも特に人気が高いようで、ひっきりなしに他の客からキャストドリンクのオーダーが入っていた。
初めてのコンカフェを堪能した俺は17時に店を後にして、東京駅の側のカフェで二人を待つことにした。
19時まで居座りたかったが、アルバイトをしていない俺の財布事情的に耐えられそうになかったのだ。
19時半になり、東京駅の改札まで二人を迎えに行く。
「太一、お待たせ!」
「冬夜さん、お待たせしました」
「二人ともお疲れ様。これから行く店は決めてるのか?」
「もうネットで予約してあるわよ。新丸ビルの中」
――新丸ビル!? 何だか高そうな店しかなさそうだが……
柊が先頭を歩いて、後ろに藤宮さんと俺が並んで店へと向かう。
「冬夜さん、イタリアンはお好きですか?」
「ああ、好きだよ。フレンチとかじゃなくてよかった」
「確かにフレンチだと少し高校生の私達にはハードルが高いですもんね。今から行くお店は前にも双葉ちゃんと行ったんですが、本当に美味しいですよ」
「そうなんだ、楽しみにしてるよ」
楽しみではあるんだが、俺の財布が持つかが心配だ。
新丸ビルの7Fにあったその店はワインバーも併設されていて、入り口からの廊下が天井までワインボトルで埋め尽くされていた。
――こんなところ、高校生は普通来ないだろ……
受付で柊が予約名を告げてフロアに案内される。
土曜日の夜だけにほぼ満席状態で、五十名程の客が食事をしていた。
メニューはネットで先に注文していたようで、間もなくしてドリンクや料理が運ばれてくる。
「さあ食べましょー」
「そうですね、頂きましょう」
メニューはカルパッチョやアヒージョ、ピザ、サラダなどだったが、どれも食べたことが無いくらい美味かった。
「これめちゃめちゃ美味いな!」
「冬夜さんにも気に入って頂けたようでよかったです」
「美味しいよね。そういえば樺恋、この前危ない目に遭って太一に助けて貰ったって言ってたけど、何があったの?」
この話、かなり話づらいものだと思うけど、藤宮さんはどう話すのだろうか。
「えっと……実は公衆トイレで知らない人に犯されてしまいまして……」
「ええー!? 大丈夫だったの!?」
「幸い普段からピルを飲んでいるので、妊娠するようなことは無かったんですけど」
「そうなんだ……でも精神的にはかなりキツいよね……」
「いいえ、そこは冬夜さんに上書きして貰いましたので」
――藤宮さん! それを柊に言ってしまうのか!?
「上書き? 上書きって太一とシたってこと?」
「はい……」
それを聞いた柊は何故か驚くでもなく、顔を俯かせていた。
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