第6話 アルバイトの送り迎え

「冬夜さん起きてください。もうお昼ですよ」


 藤宮さんに少し肩を揺さぶられつつ、優しい声で起こされる。


「おはよう。俺もの凄い時間寝てしまってたみたいだな。人の家なのに申し訳無い」

「いいえ、私としてはまた泊まって頂けて嬉しいですし、全然いいですよ」


 今日は土曜日。

 なので昼まで寝てて問題はないのだが、付き合ってもいない女の子の家で惰眠を貪るのもどうかと思った。


「お昼ご飯がちょうどできたところです。寝起きですぐ食べられますか?」

「ああ、大丈夫だ。とりあえず家戻って顔洗って歯磨いてくる」

「それだけの為に家に戻られるのも面倒ですよね。新しい歯ブラシがあるのでよかったら使ってください」


 歯ブラシまで置いたらもう同棲じゃないかと思いながら、家に戻るのが面倒で使わせて貰うことにする。


「冬夜さん、タオルは洗面台横の引き出しの中のを自由に使ってください」

「ああ、わかった」


 ――なんだろうこのやり取り。知り合ったばかりなのにもうずっと前から一緒にいるような感覚だ。


 顔を洗って歯を磨いて部屋に戻ると昼ごはんが用意されていた。

 メニューはオムレツとサラダ、味噌汁にご飯だ。


「高校生の男の子がどれくらい食べるのか分からなかったんですけど、少なかったら申し訳ありません」

「いいや、充分だ。いつも休みの日の昼はカップラーメンだけだしな」

「よくないですね」


 そう言われても世の中の一人暮らし男子諸君はそんなものじゃないだろうか。

 そうだよな?


「藤宮さん、ところで今日は何処かに出掛けるのか? もし出掛けるのなら約束通りついていくけど」

「はい、今日はアルバイトがあるんです。土日メインでやってまして。電車に乗って行くことになりますけど、そこまでご迷惑お掛けしていいのでしょうか?」

「ああ、俺も何処かに出掛けたいと思っていたから構わないよ」


 上新高校は進学に力を入れている学校だけあって、アルバイトは許可をされているが、実際にやっている生徒は少ない。

 俺は勉強に力を入れている訳ではないが、あまり無駄遣いをしないのでアルバイトはやっていない。


「アルバイトは15時からなんですが、支度の時間があるので14時にはお店に入らないといけないんです」

「なら時間もあまり無いな。食べ終わったら着替えてくるよ」


 食事が終わり、俺は一度自宅に戻って着替える。

 アルバイトの送り迎えをするだけだが、女の子と休みの日に出掛けるのには違いない。

 少し気を使って上着はジャケットを着ていくことにした。

 

 そして、約束していた時間になったので家を出る。


「冬夜さん、私服だとイメージ変わりますね。カッコいいです」

「ありがとう。藤宮さんもいい感じだな」


 藤宮さんはダボっとした大きめのアイボリーのパーカーにデニムのミニスカート、スニーカーにキャップを被っていた。

 いい感じだと言ったものの、少し藤宮さんのイメージとは違うようにも感じられる。


「でも、夏でもないのに何でキャップ被ってるんだ?」

「えっと、アルバイトの時は必要なんです」


 ――屋内でキャップが必要なアルバイトって何だ?

 分からないが、まあそういうアルバイトもあるだろう。


「じゃあ目黒駅までなんですけど、歩いていきますか? バスで行きます?」

「時間があるなら歩きでいいんじゃないか」

「そうですね、それじゃあ歩いて行きましょう」


 俺達は桜がもう少なくなってきている坂道をゆっくりと歩いて行く。

 いつも登校の際に通っている道だが、休みの日に女の子と歩くといつもとは違う風景に感じられた。

 目黒駅に到着し、東京駅方面の山手線に乗り込む。


「藤宮さん、行き先聞いてなかったけど何駅なんだ?」

「秋葉原駅です。お店は駅から5分位のところにあるんですけど。よかったらお店にも来て頂きたいので、LINEで住所送ってもいいですか?」

「ああ、分かった。行かせて貰うよ」


 藤宮さんとLINEを交換すると、すぐにお店の住所が送られてきた。

 そして、会話をしている内に秋葉原駅へと到着する。


「ここからは一人で行きたいので、15時にお店に来て頂けますか?」

「ああ、分かった。気をつけろよ」


 それから1時間程待ち時間があった俺は秋葉原を散歩することにした。

 目黒は電気屋やゲームセンター、ましてやアニメショップなども無いので、新鮮に感じてあっと言う間に時間が過ぎ去って行く。


 15時前になり、俺はLINEに送られてきていた住所へと向かった。

 ――『Alice Magic』

 一見何の店だかは分からなかったが、店の前の階段には開店前から列ができている。

 すると地下のお店の扉が開かれ、ネイビーと白を基調としたメイド服を着た女の子が出てきた。


「お待たせいたしました。お帰りなさいませ、ご主人様。どうぞ先頭のご主人様からお入りください」


 少し驚いたが、藤宮さんのアルバイト先はメイド喫茶だったようだ。

 お店の中に入ってみると、アンティーク調の家具で揃えられていて、藤宮さんの自宅の雰囲気に似ているなと感じた。

 この雰囲気が気に入ってアルバイト先に選んだんだろうか。


 店内はカウンターが8席程と、壁に沿ってソファ席が10席程あるようだ。

 俺はカウンターの左端に座る。

 一番出入り口に近い位置だ。


 暫く待っていると、一人のメイドさんに声を掛けられる。


「お帰りなさいませ、ご主人様。ご帰宅は初めてですか? ……って太一じゃん!」


 普段と髪型も雰囲気も違っていたためすぐに気付けなかったが、紛れもなくそこにいたのは柊だった。

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