第9話
三年生。
清美ちゃんも、先輩もいない。
色も、音も、感じない。
輝きの一かけらをも残さない、灰色の日々。
たったひとつ、よかったことは。
「……好きな人が、いますから。」
「!
が、学校の奴かっ!」
「いえ。
いま、街の外に、遠くにいます。」
「っ!?」
はっきりと、断れるようになったこと。
先輩は、
この街の噂から、切り離される場所にいる。
そのことが、嬉しくて、哀しかった。
騒がれても、指をさされても。
ただ、能面の笑いを貼り付けているだけ。
この街でなにかがあっても、
もう、どうでもよくて。
勉強している間は、何も、考えなくて、済む。
成績は、確かに、あがっていく。
行く。
先輩の住む街に。
先輩の、そばに。
行くんだ。
*
先輩と同じサークルに入った清美ちゃんが、
メッセージを送ってきてくれる。
ボランティアサークル。
先輩らしいな、って思ってしまった。
(「隠し撮りだ。高いぞ。」)
屋上以外の先輩が、
清美ちゃんの手で、次々と送られてくる。
金魚すくいの設営。
櫓の組み上げ。
花火設営所の確保。
ひとりで、黙々と作業をしている背中ばかり。
もっと、前を写してくれてもいいのに。
施設の子どもの勉強を見たり、
老人会の道路清掃を手伝ったり。
いつものように、先輩が、笑っていて。
髪の下の瞳が、子ども達に、見えそうになっていて。
まずい。
行かないと。
早く、行かないと。
渓流釣りのイベント。
設営側にまわっている先輩の横で、
清美ちゃんが、あれこれ指示を出している姿。
海浜公園掃除。
先輩の背中が、アップで映ってきて。
視界が、より、クリアになって。
……ほんの。
ほんの少し、だけ。
チリっとした感情が、揺れた。
そんなわけ、ない。
ありえない。
清美ちゃんに限って。
現に、いまも、先輩の姿を、送ってきてくれる。
学食で、トレイを運ぶ先輩の姿を。
わたしのために。わたしのためだけに。
やらないと。
キライな英語から、やっていかないと。
*
また、だ。
「小路君に、手を、出さないでって、
あんなに言ったじゃないっ!」
これも、もう、何度目だろう。
数えることも、忘れてしまった。
清美ちゃんも、先輩も、いないけど、
さすがに、もう、慣れてしまった。
「であれば、
告白なさってはいかがですか。」
「!」
「あの方は、わたしに告白をなさいました。
わたしには、好きな人がいるので、お断りしました。
わたしが、あの方の告白を受けてしまったら、
わたしは、よほど不誠実な人間になります。
違いますか。」
「っ!?」
「わたしが告白を断った後です。
よいチャンスですよ。」
「あ、あんたねっ!」
こんなことに構っているヒマはない。
「わたしが好きな人は、
この街の人ではありません。
だから、貴方を邪魔することはありえません。」
やらないと。
覚えないと。
詰め込めるだけ詰め込まないと。
「……っ。」
這ってでも。
銃弾の十字砲火を浴びたとしても。
「それだけですか?」
行く。
わたしの、
わたしだけの、約束の地に。
「では、失礼致します。」
行くんだ。
先輩の、元に。
あの空に下に。
*
「あっ、た……」
……
「あっ……た……っ」
やっ、と。
「あった、
あったっ……!!」
やっと、
やっと、やっとっ。
「…おめでとう、遥ちゃん。」
コンタクトに替えて、
大人っぽく、綺麗になった清美ちゃんが、
笑顔で、頷いてくれる。
やったんだ。
わたしは、やり遂げたんだ。
「ありがとう……。
ありがとう、清美ちゃん……っ!!」
抱き留められた清美ちゃんの弾力が、嬉しくて。
涙が、後から後から、溢れてくる。
やったんだ。
わたし、やったんだ。
やれたんだ。
突き上げるような喜びが、
身体中から、溢れて来る。
止まらない。
涙も、喜びも。
これで。
先輩の、傍に、いられる。
これで。
*
清美ちゃんに、教えて貰った家。
(「さ、サークルでな。
一応、副リーダーなんてやってるから、
分かってるだけだ。他意はない。」)
ここに。
ここに、先輩が、住んでる。
コン
コン
ドアを、ノックする手が、震えてる。
部屋の中から、気配がする。
身体が、震えて。
そうだ。
声を、出さないと。
「せーんぱいっ。」
ぇ。
よりによって、この声になるなんて。
もう、要らないはずなのに。
えぇい。
もう、やるしかない。
「あけてくださいよー。
わざわざ来たんですからー。」
「ま、ま、待って。」
慌てた先輩の声が、耳に届くだけで。
からだが、
がちゃっ
「っ?!」
前に、出てしまって。
「……やっと、やっと、
やっとやっとやっとっ!」
先輩が、
先輩の身体が、
先輩のぬくもりが。
はじめてで。
こんなに、全身を浴びたのは。
はじめて、で。
………
!?
「あはははは、
きちゃいましたよーっ!」
こ、こうするしか、なくて。
「あ、あぁ。
こ、九重さん、外、外だから。」
先輩の顔が、近くて。
寒さで、真っ赤になってて。
「えー。
じゃぁ中に入れてくださいよー。」
「ええ?
九重さん、ちょっとは警戒しないと。」
「あはははは、
もう、せんぱいはほんと、童貞さんですねー。」
「あはは、うん。
残念ながらね。」
よか、った。
わたし、
わたし、
まに、あった、んだ。
「おやー。
ざんねんなんですかー?」
ほんとに、
ほんっとに、よかった。
ありがとう。
ありがとう、清美ちゃん。
「それじゃぁしょうがないなー。
わたしがあっためてあげましょうかー?」
キャラクター。
キャラクターが、暴走してる。
「あはは。もう、からかわないの。
ほんとにどうしたの?」
「えー。そんなー。
五十五年ぶりの再会なのにー。」
「その年はどこから来たの。」
「あはははは、
いやー、わたし、受かっちゃいまして。
またせんぱいの後輩になるわけですよー。」
「あ。
そうなんだ。
それはおめでとう。」
先輩は、なにも、変わってなくて。
涙が、出そうになって。
「だから挨拶にきたんですけれどー。」
この話し方が、邪魔で。
「入れてくれないんですかぁ?」
この話し方でないと、
息が詰まって、話せなくて。
「あのねぇ。
というか、九重さん、
前に逢った時よりも一段と可憐になったね。」
!?
「前から思ってたけど、
九重さんはセンスがいいよね。
制服よりも綺麗になれるって凄いな。」
「や、やだなーもうっ!
あったりまえでしょー。
わたしを誰だと思ってるんですかー。」
「あはは。
だからね、こんなことしてるってわかったら、
彼氏が煩いよ? いくらなんでも。」
か。
彼、氏。
彼氏って、どういう。
気づいてくれないって、わかってた。
けど。
まさ、か。
よりによって、先輩に、
他の男がいると、思われていただなんて。
「ん?
どうしたの、九重さん。」
先輩は、
いままで、どういうつもりで、わたしを。
わたしを。
わたしの二年半を、
なん、だと。
「……先輩の。」
「ん? なに?」
「先輩の鈍感っ!! 恩知らずっ!! 童貞っ!!!
ばかばかばかばかばかばかばかぁぁっ!!!」
絶世の美少女と、その幼馴染と、僕
遥編
了
(大学二年生編へ続く)
絶世の美少女と、その幼馴染と、僕 @Arabeske
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