第6話


 「そういえばさー、

  遥ちゃんって、昼休み、たまにいないじゃん?」

 

 まずい。

 

 「そうそう。

  どこいってんの?」

 

 知られたく、ない。

 

 「ふふ、内緒?」

 

 こう、言うしかなくて。

 

 「うっわぁ、あっざとー。

  遥ちゃんのそんな顔、はじめて見たよー。」


 「案外隠れてヤることヤってんじゃないの?」

 

 隠したい。

 あの場所を、あの空気を。

 先輩を。

 

 「あははは、遥ちゃんに限って、それはないわー。

  男子全員号泣。ヤッた奴、殺される。」

 

 生きてる。

 わたしのしらないところで。

 いまも、のうのうと。

 

 わたしは、必死に笑顔を被りつけた。

 そうしないと、心の中が、暴れ出しそうだったから。


*


 上級生。

 サッカー部のエース。


 ちょっと顔がいいのを、鼻にかけて、

 リーダーシップを暴力独裁と、勘違いしてて。

 

 「すまん、遥。

  事前に叩き潰せなくて。」


 「ううん。

  ありがとう、清美ちゃん。」

  

 断ったら。

 暴力を、振るわれそうになって。

 清美ちゃんが、助けてくれて。

 

 「あいつ、去勢しておく。

  生徒会の名にかけて。」

 

 「………あはは、ありがとね。」

 

 去勢したい。

 世界中の男達を。

 

 ……いや。

 そうなったら、先輩のも、ないじゃないか。

 

 ぇ。

 

 いま、

 

 「どうした?」

 

 「う、ううん。

  なんでもない。

  ほんとにありがとう、清美ちゃん。」

 

 「気にするな。

  私が好きでやっているだけだ。」

 

 ほんとにカッコいい。

 清美ちゃんが男ならよかったのに。


*


 また、だ。

 

 「あんた、悟朗君を振ったよね。」


 だから、サッカー部は嫌いだ。

 サッカーなんて野蛮な競技、

 地球上から、なくなってしまえばいいのに。


 「……なんで、だまってんのよっ。」

 

 黙ってても、何を喋っても、

 どうせ、結論は同じだから。


 「……なんで、そんな目をすんのよっ!

  怒ってるのはあたしのほうなのっ!!」

 

 いい加減にしてほしいだけ。

 好きなら、告白すればいいし、

 別れるなら、好きにすればいいし。

 

 ぱんっ

 

 ぶた、れた。

 頬が、痺れるように痛い。

 

 「何をしてるっ!!」

 

 遅いよ、教師。

 清美ちゃんなら、もう来てたよ。

 まぁ、清美ちゃんなら、停学に持っていけるな。

 ざまぁみろ。

 

 嫌だ。

 こんなこと考えちゃうわたしが、一番、嫌だ。

 

*


 ぁ。

 

 「……なん、で。」

 

 先輩が、いない。

 

 どうして。

 いつも、ここに、いるのに。

 10分近くかけて、お昼休みを削って、

 ここまできたのに。

 

 ひどい。

 

 ……ひどい?

 ひどいのは、わたし。

 

 あぁ。

 なんだか、つかれた。

 

 見上げた空が、吸い込まれるように青い。

 そよりとした風が、頬を優しくなぶる。

 

 でも、先輩は、いない。

 

 いない。

 

 

 「……あ、れ……。」

 

 

 どうして。

 わたし、どうして、泣いてるの。


 ああ。

 そう、なんだ。

 

 心に、穴が開くって、こ


 

 「あれ、九重さん?」

 

 

 !

 

 「どうしたの?」

 

 だめだ。

 見せちゃ、だめだ。

 ぜったいに。

 

 「あはははは。

  せんぱいはなんっにも見てませんねー?」

 

 なに言ってるの、わたし。

 どうしたいの、わたしは。

 

 「う、うん。

  なにも、見てない。」


 うそ。

 ほんと。

 どっち??

 

 

 「……お弁当、食べていいかな?」

 

 

 え。

 そっち、なんだ。

 

 あは、

 あはは。

 

 なんだろう。

 落ち着いてしまう。

 どうしようもなく。


 空が、青くて。

 風が、凪いでいて。

 心も、澄んでいく気がして。


 「ん、なに?」

 

 好き、なんだ。

 

 わたし、

 たぶん、そうなんだ。


*


 「沢渡隆文、か。」

 

 清美ちゃんの口から出ると、

 なにか、先輩が、違う形になったみたいで。

 

 「……。

  聞いたことないな。」

 

 清美ちゃんも、知らない人なんだ。

 生徒会書記なのに。

 

 「でも、正直、

  遥が男を好きになる時が来るなんて、

  思わなかったったな。」

 

 それは、わたしもそう思う。

 本当に好きなのかどうかも、よくわからない。

 

 でも。

 

 

 (「……あ、れ……。」)

 

 

 先輩が、いなくなった世界は、嫌だった。

 それは、本当のことだから。

 

 「どういう出会いなんだ。」

 

 どういう。

 

 

 (「ごめんなさい。お取込み中でした?」)

 

 

 だめだ。

 絶対に、知らせられない。

 清美ちゃんにだけは、バレたくない。


 でも。

 

 (「だから、許せないってことはないよ。」)

 

 先輩なら、

 先輩になら、話しても。

 

 だめだ、話せない。

 恥ずかしくて。言えるわけがなくて。

 

 「ど、どうした??」

 

 !

 

 「う、ううん。

  なんでもないの。思い出してただけ。」

 

 「そ、そうか。

  で、その男の、どこが好きだ。」

 

 清美ちゃんが聞くと、

 コイバナというよりも、事情聴取のようで。

 

 どこが。

 どこが、好き。

 

 「……やっぱり、声かな。」

 

 優しい声と、話し方と。

 

 「あと、いつも冷静で、動じなくて。

  それと、頭もいいし、

  ちょっと考え方、変わってるなって思うけど。

  あと、雰囲気が優しくて。

  それと」

 

 「あー、いい、もういい。

  顔じゃないって分かっただけで十分だ。」

 

 眼鏡を外した清美ちゃんが、

 温かい瞳で笑ってくれていた。

 

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