絶世の美少女と、その幼馴染と、僕(遥編)

第4話


 わたしは、

 顔が、良いらしい。

 

 はじめて知ったのは、保育園の時だろうか。

 男の保育士が、わたしの顔を、

 じろじろと見て、ニヤリと笑った。


 そして、わたしの身体を、ゆっくりと触って来た。

 

 次の瞬間、

 わたしのちいさな身体は、清美ちゃんの腕の中にあった。

 

 「なにしてるのっ。

  あなた、はんざいしゃみたいっ!」

 

 なにが起こったか、よく、わかっていなかった。


 わたしは、保育園をやめさせられ、

 お母さんは、お仕事をやめた。

 

 小学校にあがるころ、

 お母さんとお父さんが、よく喧嘩をするようになった。


 いまにして思うと、

 お母さんが働けなくなったので、

 住宅ローンの支払いが危うくなったせいだろう。

 

 家の中が、ピリピリとした空気になっている。

 ご飯も、一緒に、食べなくなって。

 

 わたしの、せいで。

 わたしの。

 

 あのときの清美ちゃんが、

 家の事情を、どこまで知っていたのかは分からない。

 

 でも、

 

 「わたしが、まもりますから。」


 この一言を、清美ちゃんは、実践してくれた。

 幼稚園、小学校、中学校。毎日、一緒に行ってくれた。

 わたしの両親は、三上家に頭が上がらなくなった。


 わたしが苛められそうになっても、

 疑われそうになっても、嵌められることがあっても。

 清美ちゃんだけは、わたしの側に、立ってくれた。

 

 でも、清美ちゃんと、

 わたしには、一年の学年差があった。

 小学校でも、中学校でも。

 

 そのたびに、大きなトラブルが起きた。


 なかでも、

 中学三年の時。

 

 わたしは、不覚にも、

 処女を、喪ってしまった。

 

 悔やんでも、悔やみきれないのに、

 何が起こったか、、思い出せない。

 

 起こってしまったことの重大さよりも、

 このことが、清美ちゃんにバレたら、

 清美ちゃんが、また、気に病むんじゃないか、

 清美ちゃんの高校生活や進路まで、崩してしまうんじゃないか。


 そうしたら、

 すべて、元に戻ってしまうんじゃないか。

 両親の喧嘩、破局に至る道筋へと。

 

 破れたショーツと、血の塊を、

 どこか遠い世界のもののように眺めながら、

 ただ、そのことばかりを考えていた。


 、清美ちゃんにも、親にも、

 誰にも知られることはなかった。

 

 その、はずだった。


*


 清美ちゃんと同じ高校に進学できたことに安堵していた一年の時、

 ある男子学生が、わたしを、屋上に呼び出した。

  

 知らなかった。

 血の気が引く音が、

 こんなにも、大きいなんて。


 絶対に、わたしが、知られてはいけないものが、

 その男の、手の中にあった。

 

 「これをばらまいたら、

  どうなるか、わかってんだろ?」

  

 いやらしい、下卑た笑いだった。

 わたしの背筋が、凍った。

 清美ちゃんにも、知らせていない、

 絶対に、知らせられないことなのに。

 

 どうして。

 だれが。

 

 「どうして欲しいか、わかん

 

 

 がちゃり

 

 

 無骨な音が、大きく響いた。

 

 「ん?」

 

 本当に、場違いで。

 

 「あぁ。

  ごめんなさい。お取込み中でした?」

 

 髪がぼさっとした上級生らしい男子は、

 この空気に、気づかないようで。

 

 「弱ったなぁ。

  お弁当、どこで食べようかなぁ…。」

 

 長閑に、ゆっくりと首を振っていて。

 

 「あ、あのっ!」

 

 声を。

 声を、かけて、しまった。

 

 「ん、

  なんですか?」

 

 巻き込んじゃ、だめだ。

 この人も、オトコだ。

 

 あっち側かもしれない。

 いや、そうだ。

 

 「な、なんでもありません。」

 

 「そうなの?」

 

 と言って、髪がボサボサの上級生は、

 屋上の反対側へとゆっくりと歩いていき、

 上から体育館を見たかと思うと、

 

 「あー。

  あっちも取られてるなー。」

 

 と言って、

 まるで、はじめてわたしを見るように、振り向いた。

 

 いつのまにか、わたしを脅していたはずの男は、

 いなくなっていた。

 

 「あれれ。

  告白、邪魔しちゃいました?

  

  ま、さっきの雰囲気だと、

  断るつもりだったろうから、いいのかな。」


 わたしは、ヘナヘナと、崩れそうになった。


*


 沢渡隆文先輩。

 二年二組。

 わたしと同じ、帰宅部。

 

 沢渡先輩は、いつも、屋上でご飯を食べていた。


 「先輩って、ぼっちなんですかぁ?」

 

 わたしは、先輩に対して、あざとい、

 いかにも上級生にモテそうな小悪魔系の後輩を演じている。

 もっぱら、行きがかりで。

 

 「……世間的には、そうなんじゃないかな。」

 

 「あ、否定しないんだぁ。

  さみしいですねぇ、つまらなそーですねぇ。」

 

 ありがたい。

 教室にいなければならない理由を、消してくれるから。

 

 「寂しくはないし、詰まらなくもないけれども。

  決めつけるのはよくないよ?」

  

 「いやー、せんぱぁい、

  素直になりましょうよー。」

 

 「素直になったって、

  友達ができるわけじゃないよ。」


 どうして、そう決めつけているんだろ。

 

 「そもそも、友達は要らない。

  大学に進学してしまえば、この街も、離れるからね。

  そうすれば、この街でのできごとは、忘れてしまうよ。」

 

 この街を、忘れる。

 そんなことができたら。


 でも。 


 「……わたしのことも、ですか。」

 

 「あー。そうだなぁ。

  きっと、貴方のことは、忘れないと思うよ。

  綺麗な人だからね。」


 いろんな男から、さんざん、言われていたはずの言葉が、

 すっと、染み込んでしまう。

 

 「でも、いいの? こんなところにいて。

  皆、貴方のこと、待ってるでしょ。」

 

 誰も、いない。

 わたしのことを本当に待ってくれてる人なんて、

 清美ちゃんくらいだ。


 それでも。

 

 「いやー、そーなんですけど、

  先輩が、さみしそーにしてますから、

  お昼くらいは、お付き合いしてあげよーかと。」

 

 「そんなに寂しそうに見える?」

 

 「見えますよー。

  っていうか、さみしいんでしょ?」

 

 「だから、決めつけはよくないよ?」

 

 「でも先輩、教室内に友達がいたら、

  こんなとこ、こないでしょー?」

 

 旧校舎の屋上は、ちょっと遠くて。

 旧校舎でも、空き教室、体育館裏の花壇。

 ひとりでご飯を食べるところは、ほかにもいっぱいある。

 

 「どうかなぁ。

  一緒に来るかもしれないよ?」

  

 「あはは、ないない。

  友達いる子、こんなところ来ませんよー。」

 

 それは、わたしのことで。


 「そうかもしれないね。

  友達の作り方を、忘れちゃったな。」

 

 「うわ。

  さっみしー。

  一生ぼっち確定ですね。」

  

 「かもしれないね。

  貴方と違って。」

 

 ずっと。

 ずっと、ひっかかっていた。

 

 「ここのえ。」

 

 「ん?」

 

 「わたし、ここのえはるかです。」

 

 「九重さん。」

 

 「はい。」

 

 「そっか。

  いい名字だね。」

 

 そんな風に、言われたことは、なくて。

 

 「名前じゃなくて、ですか。」

 

 「うん。

  重なり合ってできている、という意味だから。

  しっかりしたお家だね。」

 

 髪がぼさぼさの先輩の、声が、優しくて。

 

 「……どうでしょう。

  名字だけで、人は、決まらないと思いますよ。」

 

 「あはは、そうかもしれないね。」

 

 ……。

 

 はっ。

 

 いつのまにか、キャラクターが、飛んでしまってた。

 ここで戻したら、どう考えてもわざとらしい。

 わたしは、逃げるように、先輩の元を去った。

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