第13話 七元徳の護り手 【信仰】

ルシフェルに促されるまま壇上から降りたアイラリンドは、ほんのりと頬を朱に染めながら戸惑いがちに歩く。

ララノアの前で立ち止まった。


「うふふ。さぁ、いらっしゃい」


ララノアは母性に満ちた笑みを浮かべる。

そっとアイラリンドを抱きしめた。


「……アイラリンドちゃんは偉いわね。誰だってお小言なんて口にしたくないでしょう? なのにルシフェルちゃんや、私たち天使みんなのことを思って、誰もが嫌がるお小言役を買って出てくれているのね」


大きな胸に顔を埋めさせ、良い子良い子しながら優しく髪を撫でつける。

目を細めて気持ち良さそうな顔になったアイラリンドは為すがままだ。


「ふふ。じゃあ私もアイラリンドちゃんの頑張りに応えてあげないとね。……そうねぇ、じゃあこうしましょう。今後こういった公の場では、ちゃんと『様付け』でルシフェルちゃんのことを呼ぶわ。それで良いかしら?」


アイラリンドは、やや間を置いてからこくりと頷いた。



玉座にすわったルシフェルは、良い子良い子してもらっているアイラリンドを眺める。


正直羨ましい。

ララノアのおっぱいはとても柔らかそうで、ルシフェルは自分もあんな風に思い切り顔を埋めてみたいと思う。


(……うん。今度、こっそり甘えさせてもらおう)


ルシフェルがそんなことをぼんやり考えていると、守護天使の一人からごうっと火柱が立ち上った。


「――うぇ⁉︎ な、なんだ?」


やましいことを考えていたせいもあり、ルシフェルはビクッとなった。

慌てて頭から煩悩を追い出し、火の出元を見遣みやる。

するとそこで守護天使が燃えていた。


轟々と燃え盛る炎を全身にまとったこの者こそは、七元徳のうち『信仰』を司る守護天使。

名をヤズド・ヤズタという。


見た目は人間型をしておらず、二足歩行のサラマンダーのよう。

いや背に三対六翼の炎の翼を生やした、厳しい竜人ドラゴノイドとでも形容すべきか。


ヤズド・ヤズタは天界に於いても最も父なる神への信仰厚き守護天使だ。

その身は常に炎を纏っている。


けれども不思議なことに、燃え盛るこの炎は、ヤズド・ヤズタが望まぬ限り周囲に延焼することはない。


どう考えても燃え移りそうな接地した草ですら燃えてはいない。

一見不可解に思えるこの現象だが、理由を知ってしまえばさもありなん。

なぜなら燃えているものは単なる物質などではなく、神に対するヤズド・ヤズタの厚い信仰心だからだ。


ヤズド・ヤズタは第五天マオンの守護天使である。

そしてマオンは光輝と祝福に満ちた七つの天国において、唯一異質な天国だ。


暗雲に覆われた空には所構わず稲妻が走り、大地はひび割れ陥没し、空いた穴から灼熱の溶岩が溢れる世界である。


「……ヤズド・ヤズタにございます……。ルシフェル様。父なる神より天の全権を託されし偉大な御方。我が忠誠を貴方様に……」


ヤズド・ヤズタが口上を述べると、周囲の守護天使たちがざわついた。

グウェンドリエルは、ルシフェルへと跪いたままヒソヒソ話を始める。


「ちょ、ちょっと、セアネレイア! いまの聞きまして⁉︎ ヤズド・ヤズタが喋りましてよ?」

「あ、当たり前だろう。だってルシフェル様への謁見なんだぞ」


そうは言いながらも、セアネレイアとて驚いていた。

ヤズド・ヤズタの声を聞くなど、ちょっと記憶にないことだ。

それほどに普段のヤズド・ヤズタは無口なのである。


「はぁぁ……。ヤズド・ヤズタってばこんな声をしてましたのねぇ……。わたくし、てっきりヤズド・ヤズタは喋れないものかと勘違いしておりましたわ。だって、なんか見た目とかトカゲっぽいですし、発声器官がなさそうでしょう?」


仲間の守護天使を実にナチュラルにトカゲ呼ばわりしたグウェンドリエルに対し、ギルセリフォンが苦笑しながら言う。


「こらこら、グウェンドリエル。君が仲間想いな守護天使だということは私も理解しているが、それでもトカゲ呼ばわりはあんまりだろう?」

「ええー? だって本当のことじゃないですのぉ。それにヤズド・ヤズタだって、このくらいで怒ったりはしませんわよ。ねぇララノア?」

「うふふ。そうねえ――」


ララノアは抱きしめていたアイラリンドをようやく解放してから、話に加わった。

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