第12話 七元徳の護り手 【知恵】【愛】

特に話してもいないのに勝手に意見を代弁されたルシフェルは、アイラリンドとグウェンドリエルのやり取りを眺めて思う。


何というかアイラリンドはちょっとおかしい。

いやグウェンドリエルもだ。

ルシフェルを美化し過ぎている感じがするのだ。

まぁこれはふたり以外の全員にも同じことが言えるのだけれど。


それは天使たちの中に『ルシフェルとはかくあるべし』という確固たる理想像が出来上がっているためだ。

つまり皆が皆、思い思いに理想のルシフェルを作り上げている。


中でも守護天使たちは思い込みが激しい。

特にアイラリンドなどは、アイコンタクトだけですべてを理解したつもりになって、勝手なことを言ってしまうほどである。


(……困ったなぁ。どうしよう……)


ルシフェルは頭を悩ませた。



ルシフェルが天使たちについての想いを巡らせていると、次の守護天使が前にでた。

両目から止めどなく流していた涙をぬぐい、一呼吸おいてから話し出す。


「ああルシフェル様。その深淵なる叡智、奮い立つ勇気、また父なる神への信仰心において、天上に並ぶ者のない誉れ高き天の導き手。こうして貴方様に拝謁する栄誉を賜りますこと、大悦至極に存じます。この私、ギルセリフォンは己が内から溢れ出す喜悦を御すること叶いません」


ギルセリフォンは第三天シャハクィムを守護する天使で、七元徳においては知恵を司る。

天界における参謀ポジションを担う守護天使である。


男性型の天使で、見た感じ三十過ぎのやり手ビジネスマンという風貌だ。


ルシフェルはギルセリフォンを観察する。

目があった。


「……うっ」


切れ長で凄みのある目。

なんとなく気圧される。

日本で営業マンをしていたルシフェルは、ギルセリフォンの発するやり手な雰囲気になんとなく会社の上司を思い出した。

これはちょっと苦手な雰囲気かもしれない。


「う、うん! よろしくな!」


気後れを誤魔化すように短く声を掛ける。

するとギルセリフォンは再び泣き出した。


「……う、うぅ……ルシフェル様から、直にお声を賜れるなんて……。これに勝る名誉はございません。私などには勿体無いお言葉にございます」


ギルセリフォンは感涙しながら地にひれ伏した。

ルシフェルは思わず顔を逸らす。

すると今度は顔を逸らした先で、優しく微笑んでいる守護天使と視線が交わった。



視線が絡み合う。

守護天使は微笑みを崩さぬまま、一歩前に出た。

ふんわりとお辞儀をしてみせると、たわわな胸がぷるるんと揺れる。


「うふふ。第四天ゼブルが守護天使、ララノアにございます。ルシフェルちゃん、どうぞよしなに」


甘えたくなるような声色。

ゆったりとした口調で、彼女の周囲だけ時間の流れが穏やかになったようだ。


この守護天使はララノア。

七元徳のうち『愛』を司るもので、天空城49万6000の天使大軍団すべてにとっての母のような存在である。


ララノアから溢れる母性オーラは物凄いものがある。

ルシフェルは思わず小さな声で呟く。


「……マッマァ……」


玉座の脇に控えていたアイラリンドの耳がぴくりと動いた。

こほんと咳払いをする。

ルシフェルはハッとして我に返った。

慌てて誤魔化す。


「い、今のは何というか、そういうのじゃないんだぞ! バブみとか俺、そういう性癖ぜんぜん持ってないし! ほ、ほんとだぞ!」


アイラリンドはにっこりと微笑んだ。


「ええ、ええ、存じておりますとも。ですがルシフェル様は至高なる御方。どのようなご性癖をお持ちになられていようとも、何らお隠しになることはございませんよ。それより――」


アイラリンドがララノアに向き合う。

そして眉を顰めた。


「ララノア様」

「……はい?」


ララノアは大きな胸を下から抱え上げるみたいに、身体の前で両腕を組み、片方の手を下顎に添えた。

首を捻って、続くアイラリンドの言葉を待つ。


「如何な守護天使たる貴女様におかれましても、ルシフェル様を『ちゃん付け』呼ばわりすることは見過ごせません。ご訂正下さいませ」

「あらあら、まぁ」


アイラリンドは難しい表情だ。

けれどもララノアは落ち着いたものである。

にこにこしたまま、アイラリンドを手招きした。


「アイラリンドちゃんってば、そんな恐い顔していないで? さぁこっちにいらっしゃい」


ララノアが組んだ腕を解いてから、アイラリンドを迎えるように両手を伸ばした。

アイラリンドは「うっ」となる。


「そ、そうではなくて……! ご訂正を……」

「いいから。いらっしゃいな」


有無を言わせぬ母性。

アイラリンドが急にそわそわし始め、内股を擦り合わせてモジモジしだした。

ララノアは七元徳のうち愛を司る守護天使だ。

その彼女から溢れるママオーラには、アイラリンドすら抗えない。


空気を読んだルシフェルは、アイラリンドをそっと促す。


「……行ってあげたら?」


アイラリンドは葛藤した。

主たるルシフェルはこう言っている。

けれども厳粛なる謁見の場にて、母たるララノアに甘えにいくなど、そのような真似が許されるのだろうか。

それにちゃん付けの件は――


「俺は別に、ちゃん付けでも構わないし。それよりララノアさんが待ってるみたいだけど」


ルシフェルがもうひと押しすると、頬を赤くしたアイラリンドは、小さくこくりと頷いた。

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