第11話 七元徳の護り手 【勇気】【正義】

守護天使のひとりがおごそかに述べる。


「――輝ける明けの明星。父なる神に最も近き尊き御方。御身の前に矮小なるこの身を晒す無礼をお許しください」


全身を厳めしい白銀の鎧ですっぽりと覆ったこの守護天使こそは、七元徳のひとつ『勇気』の担い手。

その名をセアネレイアという。


セアネレイアを包む巨大鎧が、みるみる変形していく。

やがて鎧は聖光を発する重厚な斧槍ハルバードへと変化し、肌にぴったり貼り付くレオタード衣装を身に付けたセアネレイアが生身を露わにした。


守護天使ガーディアンいち、セアネレイアにございます。……ああ、ルシフェル様……我が愛と信仰を、至上なる貴方様に」


鎧を脱いだセアネレイアは、理知的で小柄な少女だった。

しかしこの幼げな見た目に騙されてはいけない。


第一天ヴィロンを護りしセアネレイアは、守護天使においても随一の戦闘能力を持つ。


有事の際には、如何なる形にも千変万化する神級武装『メギドの火』を手に、天の軍団を率いて、真っ先に敵に立ち向かう役目を負う勇猛果敢な守護天使なのである。



「それでは次は、このわたくしがルシフェル様にご挨拶をさせて頂く番ですわね!」


自信満々の表情で立ち上がったこの者は、七元徳がひとつ『正義』を司る守護天使。

その名をグウェンドリエルという。

第二天、ラキアの管理者である。


グウェンドリエルは金色の美しい髪――というか、ぶっちゃけ金髪縦ロールである――を、指先でふわりとかき上げる。

控えめな胸の前で軽く腕組みすると、片方の手を頬に当てた。

歓喜を溢れさせながら、ルシフェルに話す。


「グウェンドリエルですわ! ああ、ルシフェル様。いと高き天の頂におわす貴方様に、この身のすべてを捧げることのできる幸せ……。わたくし、いまとても感動しております!」


グウェンドリエルは喜びのあまり恍惚こうこつとし、ぷるぷると震えている。

今にもルシフェルに向かって飛び出しそうな雰囲気だ。

いや実際に一歩踏み出した。


それは羽ばたく為の予備動作。

つまり今、グウェンドリエルは飛び立とうとしている。


しかし玉座へ飛び出すなど、もってのほかだ。

隣にいたセアネレイアは、大慌てでグウェンドリエルの袖を掴んで制止した。


「こ、こら、グウェンドリエル! ルシフェル様の御前だぞ! 止まれ! 嬉しいのは凄くよく分かるけど、ちゃんと控えないか!」

「――はっ⁉︎ こ、この私としたことが……」


正気に戻ったグウェンドリエルが、慌てて控える。

地に低く身体を伏せ、深く頭を下げた。

土下座である。


「も、申し訳ございませんわ! 私ったら、ルシフェル様の御前だというのに、なんて端ない真似を……!」


グウェンドリエルは真っ青だ。

普段は元気溌剌な金髪縦ロールも、今ばかりは心なしか、へにゃっとして見える。


「この通りですわ! 平に! 平にご容赦下さいませ!」



「ルシフェルさま。どうなさいますか?」


アイラリンドがルシフェルの様子を伺った。

けれどもルシフェルは、さっきからずっとぽかんとしているだけだ。

完全に思考停止している。

というか「アイラリンドって秘書みたいだなー」とか、そんなどうでも良いことを考えて現実逃避中である。


そのルシフェルの態度をどう解釈したのか。

アイラリンドはゆっくりと頷いた。

壇上に据えられた玉座の脇から、グウェンドリエルに向けて語りかける。


「……グウェンドリエル様。お顔をおあげ下さいませ」


グウェンドリエルは言われた通りに面を上げた。

しかし顔面蒼白で、その表情は不安に彩られている。

アイラリンドが優しく微笑みかける。


「ふふふ。グウェンドリエル様、まことにようございましたね。我らが主人ルシフェル様は、貴女様をお許しになりました。そしてこのように仰られております。『グウェンドリエルは第二天ラキアにて数多の下位天使を住まわし、まだ赤子同然のその者たちに神の正義とは如何なるものかを教育する、崇高な使命を持った守護天使。この程度の些事で処罰はせぬ。今後ともその責務に勤しむことで、此度の無礼は許そう』と」


ルシフェルは内心「……ふぁ?」っとなった。

そんなこと俺いつ言ったっけ?

首を捻る。


アイラリンドから間接的にルシフェルの言葉を伝え聞いたグウェンドリエルは、へなへなと脱力してホッと安堵の息を吐いた。

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