第8話 天空城が喜んでいる。

ルシフェルを背に乗せた空獣ジズが、青い空を飛翔する。


雲を突き抜け、地表から一万メートルの遥か上空へ。

そこは氷の粒で形成された高層雲が薄く広がる天空の世界だ。

遠く眼下には、真っ白な雲海が果てなく見渡せる。


ジズは巨大な翼で雲を切り裂きながら、ぐんぐん進む。

次元の壁を乗り超え、猛々しい魔力渦巻く嵐の空域を突き抜けて、やがて超天空城へと到達した。



アイラリンド超天空城は、大きな浮島の中央部に築かれていた。


浮島の広さはかなりのものだ。

島には奇妙な動植物が数多生息する深い森や険しい山脈、広大な湖までもが存在しており、ひと言で島と言い切ってしまうには規模が大き過ぎる。

面積はだいたい北海道を倍したほどで、気候は穏やか。


またこの島は人界の上空、空の彼方にあるものの、次元的に人界とは隔絶されていた。

なのでただ地表から高く飛ぶだけでは、いつまで経っても到達できない。


城にはいくつもの尖塔や放射状に広がる屋根を持つ宮殿、パルテノン神殿じみた広間など、建築様式の異なる層が幾重にも渡って積み上げられており、その異様は尋常ではない。

まるでモン・サン・ミシェルだ。


ジズが天空城の前に降り立った。

着地点がずしんと震動する。

ジズはルシフェルを背中から降ろし、手早く人化してから城の内部へとルシフェルを先導する。


「ルシフェル様、こっちなの!」

「あ、ちょっと待って」


急ぎ足というべきか、ともかくパタパタと飛んで城に向かうジズに、ルシフェルが続く。

適当なテラスから城の内部に入ると、内側は特異な構造をしていた。


「えっ、何これ?」


ルシフェルが思わず呟く。


進んだ先は異空間だった。

何も存在せず、だだっ広いだけの空間が広がっている。


不思議な光景を前にしてルシフェルはぽかんと口を開けたまま呆けた。

すると突然、ルシフェルの頭に直接言葉が響きだす。


《――霊子紋、測定。霊子力パターン『熾天使セラフ』と認定。個体識別に移ります――》


女性の声だ。

合成音声のような感情の籠らない声色。

けれどもその無機質な声は、次の言葉を放つと同時に震えた。


《――識別結果、個体名『ルシフェル』と認……定……》


刹那、ルシフェルの全身に喜びの感情が伝わった。

天空城が発する歓喜が、ダイレクトに脳内の隅々まで届いていく。


《……ぁ、ああ……。ルシフェル様、ルシフェル様。貴方様こそ偉大なる天のあかつき。この天空の座にて日輪を戴き、我らを導きし、いと高き御方おんかたわたくし、天空城アイラリンドは、貴方様のお戻りを一日千秋とお待ち申し上げておりました。……ああ、ルシフェル様……》


あまりもの喜ばれっぷりに、ルシフェルはどう反応すれば良いのか困惑する。


「……ぐすっ。良かったの、リンド……」


鼻を啜る声につられて、ルシフェルが顔を向ける。

すると隣りで一緒に歓喜の声を聞いていたジズが、目に涙を浮かべながら、さもありなんと満足そうに何度も頷いていた。

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