第10話 問題ない
「君も、我々を挑発する様な真似は止めたまえ。余計な怪我をしたくなければ」
「はぁ?」
此方を完全に見下している発言。
分かりやすい態度の奴らと違って、真面そうな奴に言われると逆に何倍も腹が立つ。
「結局アンタも、俺に喧嘩売るって訳か」
「私は客観的な事実を言ったまでだ。さっきも言ったが、私達の仕事はお嬢様の護衛で、同行者と揉める事ではない」
「ふーん。ならなんで、さっきこいつらが俺に喧嘩を吹っ掛けた時止めなかったんだ?」
よくよく考えて、もし本当に揉め事を避けたかったなら、部下どもが喧嘩をふっかけた時点で止めていた筈。
だが奴はそうしなかった。
なぜか?
ランクの低い俺が噛みついてくる訳がないと、高を括っていたからだ。
つまり奴の行動は公正な仲裁などではなく、自分達にとってのみ都合のいい行動でしかない。
なら、それに俺が従う理由はゼロだ。
好んで無駄な揉め事を起こす気はないが……流石に此処まで舐めきられてると分かった以上、黙って引いてやる程俺も甘くはないぜ。
「普通に考えて……Eランクのバトラーが、Dランクである部下達と揉めようとするとは思わなかったからだ」
「自分より弱い奴らに喧嘩を売られて、黙って笑顔で見逃してやる優しい奴に俺が見えたのか?」
「どこからそんな自信が出て来るんだ?不思議で仕方がないな」
俺の言葉に、呆れたという感じで隊長の男は肩を竦める。
紋章のランクによる差と言うのは、確かに大きい。
だからそれを基準に考えるのも、ある程度は仕方がない事だろう。
だが、こいつは大事な事が条件からすっぽりと抜け落ちている。
それは――
「お前は馬鹿なのか?Dランクより弱い人間を、エロカワが大会への代理人に据える訳がないだろ?」
そう、エロカワはCランクであるアホウを倒した俺の力を見込んで、代理人の依頼をしたのだ
それを疑うって事は、雇い主の判断能力を疑うって事になる。
まあ盲目的に信じる必要なんてないが、表立って口に出すのは当然不味い。
会社の社長に、平社員が陰口を叩く様な物だからな。
聞かれたらどうなる事やらって奴だ。
「それとも……お前さんの仕えるお嬢様は、頭のおかしいアホだって言いたいのか?言いずらいんだったら、なんなら俺から伝えてやってもいいぞ」
ま、もう伝える必要はないんだがな。
フジの婆さんが、馬車のドア付近にいる気配がある。
こっちの様子を探ってるんだろう。
怒鳴り声が聞こえた上に中々出発しないんだから、まあ当たり前である。
ボンクラ隊長は全く気づいていない様だが。
「貴様……」
俺の挑発に、隊長の男は犬が犬歯をむき出しにして威嚇するかの様な表情になり、怒りの眼を俺に向ける。
こいつも大概短気な様だ。
揉め事避けたいって発言はどこ行った?
「何が貴様だよ。俺は売られた喧嘩は買う主義だ。馬の上でビビってないで、さっさとかかって来いよ」
俺は更に強く挑発する。
もう穏便に済ませる気なんて更々ないのだから、我慢する必要は一切ない。
「く……生意気な」
「そう思うのなら、力で黙らせてみろよ。バトラーなんだったらよ」
人差し指を『くいくい』と動かし、かかってこいのジェスチャーを見せる。
だが相手は動かない。
ピクピクとこめかみをひくつかせながらも、なんとか堪えている感じだ。
「言った筈だ。揉め事を起こす気はないと」
「そりゃそっちの都合だろ?何でそれに俺が合わせる必要がある?」
「貴様もお嬢様に雇われている身だろうが!揉め事を起こしていいと思っているのか!?」
遂に堪忍袋の緒が切れたのか、隊長の男が声を荒げ叫んだ。
「落ち着いてください。隊長」
それを慌ててもう一人のCランクが宥めた。
そして隊長に変わって、今度はその男が寝言の続きをほざき出す。
「君も、揉め事は不味い身だろう。控えてくれ」
「いや全然?揉めても問題ないが?」
何故そう思ったのか、謎でしょうがない。
俺は大会に、代理人として出場する為に雇われている。
それ以外の誓約を受ける
まあ確かに違法な行為なら問題だが、バトラー同士の争いは基本合法だからな。
「もう一度言うぞ?俺は揉めても全く困らない。そして、そもそも揉め事を起こして来たのはお前らだ。やりたい放題やっておいて、自分達の都合で相手がひいてくれると本気で思っているのか?」
今の状態を口にした事で、何だかますます腹が立ってきた。
相手がどうしようもない強者ならまだ分かる。
何で明らかに自分より弱い奴に、こんなふざけた真似をされなきゃならんのだ?
と……そういやこいつらから見たら、俺は弱者に映ってたんだったか。
まあそれは紋章だけで判断する相手が間抜けなだけなので、俺が考慮する必要はないだろう。
「全員この場で土下座して謝るか。それとも俺とやるか、さっさと決めろ」
言ってから「この世界に土下座なんてあるのかな?」と気づく。
まあ謝罪を要求しているのは通じているだろうから、そんな事はどうでもいいか。
「く……お嬢様たちの目さえ気にしなくて済むなら、貴様など八つ裂きにしてやるところを」
誰も謝って来ない所か、悪態まで付く始末。
最後のチャンスとして謝罪を求めたのだが、謝る気はさらさらないらしい。
ま、分かってはいたけどな。
「謝る気はないらしいな……」
俺はボキボキ両手の指を鳴らす。
この行為に意味は全くないんだが、なんとなく。
なんかテンション上がるんだよね。
これ。
今この状態で気がかりなのは、フジさんの動きだ。
彼女に警備側で参戦されると、流石に厳しい物がある。
ランクがEに上がってパワーアップしたが、それでも1対1で勝てるかどうか怪しい相手だし。
ま、現時点で仲裁に入って来ないのだ。
護衛達を殺したりしない限りは、大丈夫だとは思うが。
「ふっ!」
大きく息を吸い込み、俺は地面を蹴って飛び上がる。
狙いはDランクの6人。
数で囲まれると少々面倒なので、まずは数を減らする。
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