第5話 チェンジで
「あー、やば……」
アホウを倒した後、颯爽とその場を去ったはいいが……
奴の技を突破する際に受けたダメージ。
それと、紋章の力を限界まで引き出した疲労感。
そのダブルパンチで目が霞み、足元がふらついてしまう。
ついさっきまで平気だったのは、興奮――要はアドレナリンがドバドバ出ていたからだ。
それが止まった今、俺の体が直ぐに休めと警鐘を鳴らす。
「限界だ」
流石に人通りの多い道端に倒れる訳にもいかないので、人気のなさそうな路地に身を滑りこませ壁にもたれ掛る。
それと同時に、糸が切れた操り人形の様に俺の意識は途切れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どこだここ……」
意識を取り戻した俺は体を起こし、周囲の様子に眉を顰める。
俺が気絶したのは人気のない路地裏だ。
だが、目を覚ました場所は建物の中だった。
「金持ちの家っぽいけど……」
俺が寝ていたのは、天蓋付きのふかふかのベッドである。
金持ちぐらいだろう、こんなベッドを持ってるのは。
室内に置いてあるインテリアなんかも、明らかに糞高そうだし。
「お目覚めになられましたか」
扉がノックされ、こっちが返事を返す間もなく扉が開く。
何のためのノックだ?
まあそんな事はどうでもいいか。
扉から室内に入って来たのは、メイドっぽい服を着た白髪の老婆だった。
どうやってかは知らないが、髪がとんでもなくうずたかく盛ってある。
まるで山の様だ。
「わたくしはビミョウ家に仕える、フジと申します」
山のように盛られた白髪。
そしてフジと言う名前。
渾名を付けるのなら、間違いなくマウンテンフジだ。
……まあそんな事はどうでもいいか。
「ビミョウ家か……」
聞いた事がない名だ。
まあこの世界に来て間もないのだから、当たり前っちゃ当たり前な訳だが。
ただまあ、どうも貴族っぽいな。
家門名出すのなんて、大抵その辺りだろうってイメージががあるし。
それよりもこの婆さん――
「あんたバトラーだろ?それなのに給仕さんみたいな事をしてるのか?」
――かなり強い。
紋章のランクは、アホウと同じCランクだと思われる。
だが、確実にアホウよりも強い。
何故なら婆さんの所作には、全くと言っていい程隙が見当たらないからだ。
紋章のパワー頼りのアホウとは違う。
彼女はかなりの使い手と見て間違いないだろう。
……もしこの婆さんと勝負したら、かなり苦戦させられそうだな。
しかし、あの街のCランクはアホウだけって門番は言ってたよな?
騙されたか?
もしくは気絶している間に別の街に運ばれたとか?
「ほっほっほ。ビミョウ家はこの辺り一帯を治める大領主の家門ですので。わたくしはお嬢様の護衛兼、傍仕えをさせて頂いております」
「成程、護衛か。それなら納得だ。所で、此処がどこか聞いても?」
「この屋敷は、ビミョウ家の別荘の一つで御座います。路地裏に倒れていた貴方様をお嬢様が偶然発見され、酷い状態でしたのでビミョウ家で保護させて貰った次第です」
婆さんはさらりと、お前を助けたと言って来る。
言葉遣いは丁寧だが、完全に恩義の押し売りだ。
「あの程度なら、放っておいて貰って全然問題なかったけどな」
酷い状態だったというのは、まあ間違ってはいない。
一般人なら入院物のダメージだったのは確かだ。
だが幼い頃から体を鍛えており、人より遥かに頑丈な体を持つ俺は、あの程度では決して死なない。
ましてや、紋章の力まで得た今なら猶更だ。
仮にあの場で放っておかれたとしても、2、3日程で全快していた事だろう。
「若い方は、直ぐに自分を過信されますなぁ」
「別に過信はしていないさ。それと……偶然見つけたってのは嘘なんだろ?」
街の人間ならいざ知らず、良い所のお嬢様が路地裏に倒れていた人間を見つける事なんて、たとえ偶然でもありえない。
そう考えると、俺を探していたと考えるのが妥当だ。
いつから?
もちろん、アホウとの決闘後からだ。
何故?
町唯一のCランクを、Fランクである俺が倒した。
そんなありえない奇跡を起こした人物を、貴族が道楽で一目見たいと思ったとしても、そうおかしくはないだろう。
そして見つけた俺が路地裏で倒れていたから、これ幸いと回収した。
って所だろうな。
「成程……頭は回る様ですね」
別にそんなもん回りはしない。
普通に考えて、違和感全開だから気づいただけだ。
「出来れば、恩を売っておきたかったのですが……まあ仕方がありませんね。ですが、丁寧に介抱させていただいたのは紛れもない事実。そこは覚えておいて下さいな」
婆さんが、少しでも俺に恩を売ろうとしてくる。
どうやら貴族のお嬢様は、単に珍獣見たさで俺を回収した訳ではない様だ。
単純に興味を満たすだけなら、別に恩を売る必要なんてないからな。
「わたくしはお嬢様をお呼びしてきますので、その間に着替えを済ませておいて下さいな」
婆さんが、棚から水差しを持ってきてベッド脇のテーブルのコップに注ぐ。
そしてクローゼットを開き、着替えの服を手渡して来た。
今の俺の格好は、パンツにバスローブを身に着けただけの格好だ。
流石にこの姿で、貴族のお嬢様とやらに合わせる訳にはいかないと言う事だろう。
まあだがよくよく考えてみて、別にお嬢様とやらと顔合わせする理由ってないんだよな。
俺には。
このまま着替えてずらかるか?
そんな考えが一瞬頭を過る。
いや、やめとこう。
今の俺がCランクバトラーを従える様な貴族を敵に回すのは、確実に無謀だ。
俺は戦闘狂だが、敵いもしない相手に無駄死にする趣味はないからな。
まあ相手に既に敵意があったなら話は変わって来るが、それなら気絶している間に拘束されるなり殺されるなりしている筈。
そうじゃないのだから、此処は相手の顔を立てて、取り敢えず着替えて待つ事にしよう。
「では、お呼びしてきます」
婆さんが出て行ったので、俺はコップの水を一気飲みする。
実はかなり喉が渇いていた。
まあ気づかいには素直に感謝するとしよう。
そして素早く用意された服に着替える。
胸元や袖口にひらひらの付いている、仕立てのいい、貴族が好んで来そうなデザインの服だ。
姿見で確認すると、死ぬ程似合っていない。
後でちゃんと元の服を返してもらうとしよう。
この格好で外を歩きたくはないからな。
「宜しいですか?」
しばらくすると、婆さんが戻ってきて扉をノックする。
さっきとは違い、今度はちゃんと返事を待つ様だ。
まあ俺に気を使ったというよりも、まだ着替えてなかったら事だからだろうが。
「着替え終わってるよ」
「では失礼します」
俺が返事をすると、扉が開き、マウントフジが入って来た。
それに続き、派手な赤いワンピースを着た少女が入って来る。
年の頃は14、5歳ほどだろう。
髪型は金髪にツインテールだ。
「……」
俺はその少女の姿に、思わず言葉を失ってしまう。
転生と言えば、美少女との出会いがつきものである。
正直、異世界には強さを求めるためにやって来たいたので、そういった部分には特に期待していなかったつもりだったのだが……
少女を見た瞬間、心の奥底で実はそういった願望を持っていた事を知る。
「……」
――何故なら、少女は超が付くデブだったからだ。
顔立ちを見る限り、不細工という事は無いと思う。
痩せれば美人になる可能性は高い顔立ち。
――だが超デブ。
「……」
球体に近いその少女を見て、心の底からがっかりしている自分に気付いてしまった。
俺も所詮は男か。
そんな事を自嘲気味に考えつつ、俺は自分の気持ちを素直に口にする。
「チェンジで」
と。
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