第2話 紋章

「お、街だ」


森は直ぐに抜け出せた。

まあ進む方向を事前に神様に聞いていたから辺りまではあるが。

そこから街道を進んで、程なくして第一街発見である。


ん?

道を教えるぐらいなら初めっから街に飛ばせばいいのに、だって?


尤もな意見だ。

次に合う事があったら、その時はそう伝えておくとしよう。


ま、大分先だろうけど。

何故なら、もう早々簡単に死んでやる気はないからだ。


「止まれ、貴様戦う者バトラーだな?」


町は大きな壁に周囲を覆われており、出入り口となる門が街道と繋がっていた。

そこから中に入ろうとしたら、ちょっとした鎧に、槍を手にした門番に呼び止められてしまう。


――この世界には、大きく分けて二つの階級があった。


一つは平民。

ま、いわゆる普通の市民だ。


そして二つ目は、戦士。

普通の市民とは違い、強さを尊ぶ階級となっており、一般的にこの戦士階級は戦う者バトラーと呼ばれている。


「ああ、そうだ」


俺は右手の紋章を門番に見せ、ニヤリと笑う。


戦士と一般人。

この二つの階級を分けるのがこの紋章だ。


紋章とは強力なパワーを秘めた力の塊であり、これがあるか無いかで、生物としての強さに隔絶が生じる。

この世界に転生した俺は、神様から戦う力――紋章を得ていた。


「出自は?」


出自ってのは、自分がどの家の者かを指す。

もしくはどこの所属か、だ。


基本的に、戦士階級は貴族階級を兼任している。

このインフレワールドでは強さが最も尊ばれるため、強者イコール支配階級となっているからだ。


「無所属だよ」


俺は貴族の家の出でも無ければ、どこかに所属している訳でもない――まあこの世界に来たばかりなのだから、当たり前ではあるが。


「無所属か……って、お前Fランクかよ」


彼らが俺の紋章のランクを判断出来たのは、そこから発せられるエネルギーを感じ取った為だろう。


――紋章には強さの階位があった。


それを大きく分けると、戦士、戦王、武王、覇王、神武の5つとなっている。

戦士が最低で、神武が最高階位だ。

更にそれぞれの階位は最低のFから、最高のAまでの段階で区切られていた。


因みに俺の紋章は、戦士のFランクだ。

まあこの世界に来たばかりで、一切鍛えられていないのだから当たり前と言えば当たり前ではあるが。


「ははは、その年でFランクだと?完全に落ちこぼれじゃねぇか」


もう一人の門番が馬鹿にしたように笑う。

どうやら18歳で最低段階なのは、落ちこぼれ扱いの様だ。

力を尊ぶバトラーらしい判断基準である。


「そうだな。だが、俺はアンタらより強いぞ」


目の前の門番二人の紋章ランクは、戦士のDランクだ。

相手の紋章から出る力の波動で、俺にはそれが分かる。


通常、2段階も上の相手にはひっくり返っても勝てない。

それ程までに、紋章の齎す力の恩恵は大きな物となっている。


――だが、俺には18年間鍛えて来た武力がある。


熊すら素手で軽く倒した俺と、単に門番をしているだけの平凡な奴らとでは、人としての根幹の力に圧倒的な差があるのだ。


だから戦えば勝つ。

そう俺の本能が告げていた。


「く……はっはっは!こいつはいい!!Fランク如きが、俺達より強いってだって?こいつは傑作だ。はーっはっはっは」


俺の言葉に、門番の一人が腹を抱えて笑い出す。

それとは対照的に、もう一人の方は不機嫌そうに俺を睨んでいた。


片方はジョークとでも取ったのだろうが、もう片方は、明らかに調子に乗んな雑魚って顔である。


「おい、雑魚の癖にデカい口叩くなよ」


明確な殺気が、不機嫌そうな門番から放たれる。


「おいおい、マジになるなよ。ジョークだろ。聞き流してやれよ」


「うっせぇ!俺は雑魚の癖に、こういうふざけた事を言う奴が大っ嫌いなんだよ!」


それに気づいた笑っていた門番がそいつを宥めようとしたが、まあ焼け石に水といった感じだ。

門番が槍を構え、その切っ先を俺に向けてきた。


ビックリするほど気の短い行動である。

日本でやったら大問題――警官が市民に銃口を向ける様な物――だが、ここは戦いの世界だ。

バトラーは同意さえあれば、いつでもどこでも戦えるし、仮令その結果大怪我を折ったり死んだとしても法的責任は一切問われない。


つまり、これが平常運転なのだ。


「そんなに自信があるなら……見せて見ろよ、この糞雑魚が」


「ったく、しょうがねぇな。おい……悪い事は言わんから、さっさと謝まっとけ」


笑っていた方が、俺に謝る様うながして来る。

FランクではDランクに勝てない。

だから怪我をする前に、謝って済ませておけという気遣いなのだろう。


だが余計なお世話だ。


「謝る気はない。さっきも言った様に、俺の方が強いからな」


「お前……馬鹿なのか?ったく、どうなっても知らねぇぞ」


俺の答えに、門番が呆れた様に首を振る。


「俺が馬鹿かどうかは、直ぐに分るさ」


俺は半身に構え、上に向けた手の指先を『くいくい』と動かし、槍を構えた門番にかかって来いと挑発する。

それをみて、男が激高した顔で蟀谷を引くつかせた。


「死にてぇらしいな!ならくたばれ!!」


門番が槍を両手で派手に回し、振り上げた。

そして間合いを一気に詰めながら、手にした獲物を俺の頭上へと振り下ろす。


その動きを見て、俺は心の中で大きく溜息をついた。


今まで、槍を持った相手と手合わせした事はない。

色々と道場破りチックな事もしてきたが、日本で槍を使ってる流派の人間と出会った事がないからだ。


だがそんな経験が無くても分る程、男の動きは下の下の下だった。


油断をしている点。

頭に血が上っている点。

其の辺りを加味しても酷すぎる。


「力で叩きつけるだけとか、子供の遊びかよ」


俺は振り下ろされた槍を掌で軽く叩いて軌道をずらす。

軌道のそれたそれは地面に叩きつけられ、石畳みを盛大に粉砕する。


Dランクだけあって、パワーだけは大したものだ。

パワーだけは。


「なっ!?」


「ほらよ」


自分の一撃を捌かれるとは夢にも思ってなかったのだろう。

驚きに動きの固まった相手の腹部に、俺は拳を叩き込んでやった。


「ぐ……うっ……貴様」


男が苦し気に顔を歪め、数歩後ろに下がる。


「成程。紋章の力はやっぱ強力だな」


今の一撃に、紋章の力を込めてはいない。

俺の生身で放てる、全力の拳。

完全に入ったそれは、熊すら昏倒させるレベルの威力を持っている。


だが男はそれを受けて、ダメージこそあれ、倒れる事無く耐えて見せた。


なっていない動きの一撃で、石畳を容易く砕くパワー。

そして俺の拳を受けて耐える耐久力。

下から3つ目でここまでの力を発揮する紋章は、本当に素晴らしい物だ。


それを見て、俺は嬉しくて口の端を歪め笑う。


――俺はこの力を極め、最強無敵の超人になってみせる。


「糞雑魚がぁ!調子に乗るな!!」


格下と思っていた相手からの腹パンに、相当頭に来たのだろう。

ぶちぎれた様に雄叫びを上げ、門番が再び槍を叩きつけて来る。


「次は込めて見るか」


俺は槍を躱し、再び腹部に拳を叩き込んだ。

ただし、今度は僅かばかり紋章の力を込めて。


「がっ……あぁ……」


「カラン」と槍が地面に転がる音が響く。

ついで、門番が腹部を押さえて膝から崩れ落ちた。


「そんな馬鹿な!?」


その門番に、もう一人の男が慌てて駆けよった。

そしてグロッキー状態で倒れている同僚を覗き込んだ後、驚愕の眼差しを俺へと向ける。


「信じられん……Fランクの相手に、Dランクのこいつが負けるなんて。それもこんなにあっさり」


「そいつがどうしようも無く弱かっただけさ」


もしこの男にある程度の技術があったなら、もう少しマシな勝負が出来た事だろう。

だが、こいつは力を振り回すだけの雑魚だった。

そんな奴は俺の敵じゃない。


「所で、中に入ってもいいか?」


「あ、ああ」


俺はちゃんと門番に許可を取り、街の中へ――


「あ、そうそう。この街には強い奴はいるのか?」


とその前に足を止め、尋ねた。

情報収集だ。


情報収集と言えば酒場が定番だが、俺は未成年だから酒は飲めないからな。

まあ異世界の成人は15らしいので、実際は問題ないんだが……ま、酒とか飲む気ないしこいつらでしとく。


「この街で強い奴か……ここはコッザー国のへき地だから、俺達と同レベルの奴らしかいない。一応この街最強って事なら、アホウの奴がそうだ」


「アホウ?」


如何にも脳筋チックな名前である。


「ああ、この街唯一のCランクバトラーだ」


戦士のCランクでこの街最強なのか。

30段階中下から4番目がトップとか、どうやらこの街のレベルは相当低い様だ。


ま、神様はその辺りも考慮して送ってくれたのかもな。

ゲームなんかだと、まずは弱い敵しかいない場所で始まるのがセオリーだし。


「そいつはどこに行けば会えるんだ?」


「奴なら、街の北側にある酒場に……って、まさかあいつに挑戦するつもりか?」


「まあな」


紋章を得た今の自分の力が、この世界のどの程度かを知っておきたかった。

それには下から順番に挑戦していくのが一番手っ取り早い。


「FランクでCランクに挑戦なんて、前代未聞だぞ」


「そうか?Dランクを瞬殺したんだし、Cランク相手でも問題ないだろ?」


門番が特段弱かったんだとしても、Dランク程度ならどうにでもなる。

そう思える程度のパワー差だった。

なのでこれ以上Dランクと手合わせをする意味もない。


「は……ははは。確かに、そりゃそうだ。俺の名はゲブン。あんたの名を聞かせて貰っていいか?」


「俺か?俺の名は……タゴサクだ」


本名は田湖朔太郎だ。

だが、俺は朔太郎という名はあまり好きではなかった。

ので、苗字と名前を合わせて作ったこの世界用の名前を名乗る。


「いずれ世界最強になる男の名だ。覚えておいてくれ」


そう門番に告げ、俺は颯爽と街中に入るのだった。

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