星の守護者編

魔王ルイン

 

 

 ドルモアはゴーレム兵の担いだ無骨な輿の上で、最前線の様子を眺めていた。


(くだらん)


(有象無象ばかりだからな)


 星の欠片を飲んだが、肌が青白くなった以外に容姿に変化はなく、外界の徒との意識の取り合いも起きなかった。ゆえにドルモアは憂いていた。

 どのようなことが起きるのか。自身の意識が消えてしまう可能性があるにも拘らず、その刺激を想像し興奮していた。それが何もない。

 その上で、これまでとは比較にならない力を得た。要塞に在るすべてのゴーレム兵を率いても、またこれまで以上の機敏な操作を行ってもまだ底が見えない。

 敵兵を薙ぎ払い、蹴散らし、踏み潰す。ゴーレム兵は前線を押し込み続ける。


(圧倒的な力とは退屈なものだな)


(主が異常なのだ。我と共存共栄できるとは。本当にこの星の生まれか?)


(知るものか。だが異端児なのだろうな。星に還った後に濾そがれ掃き溜められた、悪意の淀みの中からでも這い出た魂が女の胎に宿ったのであろうよ)


(ゆえの、星への憎悪か。主の選択は誤っておらなんだな。斯様に親和性を見せるとは。我も先が見えぬ程の力が湧き起こるのを感じるわ)


 外界の徒が高笑いする。それを耳の奥で聞くドルモアは鼻を鳴らした。何も面白くなかった。ガーランディア兵を蹂躙するゴーレム兵にも見飽きていた。


 やがて、鬨の声も悲鳴も聞こえなくなった。


(終わったか)


 呆気ない――そう言葉を続けようとしてドルモアは息を呑んだ。


(ば、馬鹿な……⁉ 何故、奴が……⁉)


 外界の徒が怯えるのを、ドルモアは感じた。その見開かれた目に、空に浮かび上がっていく黒い背広を着たルインの姿が映る。体に戦慄きが起こる。


 フィー……ン――――。


 ドルモアが耳鳴りに眉を顰めた直後、か細い黒線がルインの指から放たれた。それは一瞬、最前線にいるゴーレム兵を横切っただけだった。

 直後、凄まじい轟音が鳴り響き地面が爆発した。黒線の通った場所から炎が噴き上がり、大量のゴーレム兵が吹き飛んで宙を舞う。

 その中を、またも黒線が走り爆発。風で木の葉が舞い上がるように、破壊されたゴーレム兵が空に浮く。たった二度の攻撃で数千のゴーレム兵が再起不能に陥った。


(奴を転移させろ! 今すぐにだ!)


 外界の徒が焦りを感じさせる叫びを上げた。

 それを聞きながら、ドルモアは鼓動を速めていた。


 危険だという認識はある。恐怖と、切迫感が胸に押し寄せる。しかし、それらはすべて外界の徒がもたらしたものであるとドルモアは思っていた。

 事実は少し異なるが、比率で言えばその考えは間違ってはいなかった。

 ドルモアは圧倒的な力を試す相手を欲していた。それに見合う圧倒的存在が目の前に現れた。怯えも恐怖も呑み込むほどの歓喜と興奮が、ドルモアの戦意を昂らせた。


「素晴らしい……!」


(ふざけるな! 消耗するだけだ! かくなる上は……!)


 外界の徒はドルモアの感情を読み取り、その浅慮に憤った。ゆえに、体の制御を奪い取るべくドルモアの意識を呑み込もうとした。だができなかった。それどころか、ドルモアの闇の深さに慄き意識の果てへと追い詰められることになった。


「貴様は勘違いしているようだから教えておいてやる。これは共存共栄などではない。俺が貴様を生かしてやっているだけのことだ。退屈凌ぎにな」


 ドルモアが外界の徒に脅し混じりの事実を伝えている間に、ルインはゴーレム兵の三分の一を壊滅させていた。

 前線のガーランディア軍を一掃する程の力を持った軍勢を、十発にも満たない攻撃でそこまで削る。驚異的な力としか言いようがないのだが、ルインは予想よりも与える被害が小さいことを苦々しく思っていた。


(少し戻すか)


 ルインは地に降り立ち、異空収納から長剣を取り出した。その剣の腹に指を当て、刃先に向かい魔力を込めて撫で滑らす。すると刀身が黒い輝きを纏った。

 極大範囲魔法により、ルインの魔力は残り三分の一にまで落ちていた。枯渇する前に戦い方を切り替え、魔力が戻るのを待つことにしたのである。


 ルインは一度確かめるように剣を振る。

 体が想像以上に重く、また痛みが邪魔をした。


(やはり鈍いな……。だが、やれぬことはない……!)


 前進を続けるゴーレム兵との距離を詰め、剣を振る。一体、二体と、ルインが剣を振るう度にゴーレム兵の体が断ち切られ瓦礫に変わる。

 ゴーレム兵に囲まれ、押し寄せられると、全身から魔力の衝撃波を放って吹き飛ばし、手近にいる敵からまた順に斬り伏せていく。


(まだ動かんか……)


 高みの見物をするドルモアの方にちらりと目を遣る。


(まだ動けるか……)


 ドルモアはルインの紅い眼光を、三日月のように歪めた目で受けた。

 見えるはずのない距離で、両者は幾度も視線を交わしていた。

 

 

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