王太子ルシウス


 

 可及的速やかに――その言葉を実践させたとき、ガーランディア王国内ではルシウスの右に出る者はいない。ノインを部屋に送り届けた後、ルシウスは即座に兵舎へと赴き、下士官に的確な指示を行った。

 それは手短で分かり易く、誤解のないように配慮されたもので、伝令に齟齬が起こることもなく迅速に部隊編成が行われた。


 騎馬隊一万。歩兵隊一万。うち歩兵隊一万は既にアデルの援軍として向かわせている。落下した竜騎兵の討伐と、負傷兵の回収に当たるよう指示した。

 そして騎馬隊一万は城外で出立の時を待っていた。ラーマに跨る指揮官ルシウスと王女ノインを眼前に、騎馬隊は号令を待ち望んでいた。

 編成された兵たちは、皆ルシウスとノインを幼少の頃より知る者ばかり。ゆえに、ルシウスとノインを虚仮にされたと憤り、それが士気の高さに繋がっていた。


 ルシウスは身に着けた白銀の鎧に回された手に、自分の手を添えた。幼少期と違い、現在はノインが後ろでルシウスの腰に手を回して騎乗していた。


「ノイン、僕は君と出会えて良かった」


「ルシウス、そういうのは今言わないで」


 背後から聞こえるノインの指摘にルシウスは苦笑する。フラグが立つと教えられた。未だに意味は分からないが、願掛けのようなものなのだと解釈していた。

 だが、それでも思う。言えるうちに言っておかなければ、言い逃すことになるのでは、と。そんな最期を迎えた場合、どちらも心残りになる。それは避けたかった。


 ゆえに――。


「死ぬ気はない。ただ言わせてくれ。愛してる」


 ノインは突然の告白に心臓を跳ね上げた。体が震え、熱くなる。


「わ、私もよ。ルシウス。あなたを愛してる。これからもずっと、愛し続ける」


 返事をしている間に、左手の薬指に何かが通された。

 確認すると、輝く銀色の指輪が嵌められていた。


「ノイン、君への永久の愛を誓う。僕と結婚してくれるかい?」


「はい……!」


 ノインは泣き崩れ、ルシウスにしがみついた。直後、ルシウスが鞘から剣を引き抜き、切っ先で天を突いた。そして騎馬隊に向けて叫んだ。


「皆聞いてくれ! ここに婚礼の儀は成った! 僕はノインと共に生きる! 怒りに逸るな! 命を捨てるな! 誰かと共に生きる幸せな未来の為に戦え!」


 騎馬隊から地を揺るがす程の鬨の声が上がる。誰もが胸を熱くしていた。怒りで高まっていた士気が、更に高まる。命を捨てる覚悟が、生き抜く覚悟に形を変えた。


「出立!」


 ルシウスが号令を上げ、ラーマが駆け出す。その後ろを一万の軍勢が追従する。

 ノインは、ルシウスがやはり完璧だと思い幸せな涙を流していた。

 

 

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