7

 

 

 ルインは小国ガーランディアの王子だった。けれど、先祖返りで魔族として生まれたことで、母とともに国を追放されることになった。


 ルインの母は情の薄い人だった。贅沢な暮らしを失った鬱憤うっぷんを、いとうことなくルインにぶつける人だった。


『なんで私がこんな目にわなきゃいけないのよ。全部あんたが生まれてきたせいよ。あんたさえ生まれてこなければ私は王妃のままでいられたのに。どうしてそんな醜い姿で生まれてきたのよ。死ねばいいのよ。あんたなんて死ねばいい』


 彼女は思いついたように、目を見開いて笑った。


『いえ、そうよ。殺してしまえばいいんだわ。この汚らわしい魔族の死骸を持っていけば、あの人もきっとまた私を受け入れてくれるに違いないわ』


 追放されてすぐに、ルインの母は我が子を殺すことを決めた。

 青白い肌と紅い瞳は魔族の証。

 殺したとしても褒められこそすれとがめられることはない。

 たとえそれが我が子であったとしても。


 ルインは生まれてすぐに自我を得ていた。

 言葉も理解できていた。

 だから母が自分をうとんじていることも、何をしようとしているのかも分かってしまった。それがとても怖ろしかった。


 悲しさはなかった。

 ただ生まれてきたことを呪った。

 自分を産んでくれた人を苦しませていることが辛かった。

 だから生まれてすぐに死ぬことを受け入れた。

 あとは恐怖を抑えるだけだった。


 けれど、ルインは抑えきれなかった。

 母の手からナイフが振り下ろされたとき、受け入れがたいという思いがあふれてしまった。それが理不尽な現実をくつがえし、悲しい運命に導いてしまった。


 ルインは母を魔法で燃やしてしまった。

 そんなことをするつもりはなかった。

 ただ怖いと思ったらそうなっていた。

 悲痛な叫びを上げて躍る炎が、紅い瞳に焼きついた。

 血が凍るようだった。


 ルインは魔法で雨を降らせた。

 母を救いたい一心だった。

 自分のしたことを怖ろしく思い、心で謝り続けていた。


 火が消えて、焼け焦げた母が残った。

 月と比べられるほどの美貌は見る影もなくなった。

 彼女は憎しみのこもった目でルインをにらみ、消え去る命と引き換えに、死んでも消えない呪いを掛けた。


 永遠とわの孤独。


 凍えるような寒さの中、暖を求めて彷徨さまよう幼い少年。

 雪の降る空を見上げて、白い息を吐きながら手を伸ばす。


 神様。どうして僕は生まれてきたんでしょう?


 ルインは魔族というだけだった。

 悪意も敵意も心になかった。

 枯れそうな野花の息を吹き返し、傷を負った獣を癒やすような、すべての生命いのちに憐れみと優しさを与える人でしかなかった。


 けれど、他人ひとはルインを殺しにきた。

 彼の心なんて関係なかった。

 ただそこにいるというだけで殺す理由にされていた。

 話し合うこともできなかった。

 誰も信じてくれなかった。


 ルインは襲われ続けた。それを体に宿す大きな魔力で追い返し続けているうちに、いつしか魔王と呼ばれるようになっていた。


 ずっと旅をしていた。

 どこかに自分を受け入れてくれるところがあると信じていた。

 向けられる敵意に悲しみながら、何年もかけて世界を巡り、それがどこにもないということを知った。


 雪が降ると、空を見上げて手を伸ばした。

 大人になっても変わらなかった。


 どうして生まれてきたんだろう?


 生きているんだろう?


 旅に疲れたルインは、森で見つけた洋館で暮らし始めた。

 何をしたわけでもないのに、大勢の兵士がやってきた。

 ルインは死を受け入れた。

 けど誰も彼を殺そうとはしなかった。


 殺せないなら追い出してしまえばいい。

 ルインは元の世界から追放された。

 そして誰にも見えなくなった。

 生きているものには――。

 

 

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