8



 悲しい話。


「寝物語には丁度良いかもしれない」


 良くないよ。凄く辛い。


「ヒメは優しい。会えて良かった」


 ルインが私のおでこにキスをする。

 それだけでとても幸せな気持ちになる。

 私をベッドに寝かせてから、ずっと寄り添ってくれている。

 たまに頭を撫でて、髪をすくように指を通してくれる。


 この時間が永遠に続けば良いのにと思う。

 ほんの少し前に会ったばかりなのに、ルインのことしか考えられなくなっている。

 これまで生きてきて、こんなに誰かに惹かれたことはない。


 私はルインが好き。

 出会う前のことなんて何もなかったのと同じ。

 ルインのいない世界なんて、もう想像することさえできない。

 だから、切なくて苦しい。

 私、どうして死んでるんだろう。


 ルインに触れたい。

 触れられてばかりじゃなく、私からもこの愛おしさを体で伝えたい。

 心だけじゃ寂しさを埋められない。

 埋めてあげられない。

 指を絡めたい。

 唇を重ねたい。

 体でも繋がりたい。


 なのに、私の思いは伝わらない。

 彼の方からも、もう何も伝わってこない。

 扉が閉められたみたいに、見えなくなってしまった。


「ありがとう。ヒメ」


 ルインは悲しそうに微笑んで私のまぶたを下ろした。


 暗闇が訪れた。

 その中に一人取り残されたようだった。

 ルインは側にいるのに、どんどん遠ざかっていくように感じた。


 ルイン! 行かないで!


「私はそばにいるよ」


 嘘! 何をしてるの⁉


「おやすみ、ヒメ」


 その言葉を最後に、ルインは何も言わなくなった。


 私が、聞こえなくなったの?


 そう気づいて、焦燥感しょうそうかんに襲われた。

 彼を失うことが怖かった。

 不安で押しつぶされそうになりながら、彼の名前を呼び続けた。


 やがて世界が白くなり、私は鳥のさえずりを聴いていた。


「ルイン!」


 小鳥が慌てたように飛び立った。

 私は雑木林の中にいた。

 肌触りの良い薄手のローブに身を包んでいて、その下は裸だった。

 生きていることに呆然として、ルインが何をしたのかを理解した。


 ルインは、私から死を吸い取った。

 痛みも、苦しみも、酷い記憶もすべてを吸い取って、代わりに命を与えてくれた。


 でも、私は彼を失ってしまった。


 もう、会えない。


 涙でにじむ視界に紙が映った。

 封蝋された真っ白な封筒。

 拾うと、柔らかい花の香りがした。

 ルインと同じ匂いだった。

 

 

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