ギリアムの報告
深夜。アラドスタッド帝国——第一皇子執務室。
執務机と椅子しか置かれていないその一室で、第一皇子ドルモアは机上に積み上げられた書類の一枚を手に取り目を通していた。
姿勢正しく椅子に腰掛け、執務机に向かう表情の乏しい美青年。
それが、燭台に揺らめく蝋燭の炎に浮かぶ姿。
長い黒髪も相俟り、ともすれば女のようにも見える。第七皇子ルシウス暗殺の虚偽報告に訪れたギリアムは、執務机を挟んだ向こうでそう感じていた。
(まだかよ。これだから皇族ってのは)
ドルモアが放った刺客と共にこの部屋を訪れ、ドルモアが手を止めるのをただ立って待つ。それを始めてから既に五分が過ぎようとしていた。
(ノックも誰何もなかったしよ。気持ち悪いな、こいつら)
ギリアムはただ案内されただけ。買収されたとはいえ、ドルモアと顔を合わせるのは初めてだった。抱いた印象は妖艶な女狐。男なのに、とおかしな気持ちになる。
「話せ」と、ドルモアが興味なさげに言う。
ギリアムが、案内を務めた名も知らぬ黒ずくめの男に顔を向ける。
すると男は頷き、ドルモアの方へと手を向けた。報告を上げろ、という意味だと解釈したギリアムは、言われた通りに仕事を果たしたと報告を上げた。
ドルモアが書類から目を離し、まぶたを狭めてギリアムを見つめる。
「こちらの指示通りに仕事を果たした、と貴様は言うのか?」
「いや、死体は持ち帰れませんでしたけど、下手な証拠を残すよりはよっぽどいいでしょう? 俺とこいつがしっかり死んだところも見てますし」
ギリアムは肩を竦めて答えた。相手が誰であれ、口八丁で誤魔化すのは得意だった。今回もまた、それで乗り切れる。そういう考えでいた。
ただそこには大きな誤りがあった。ドルモアはギリアムがそういう軽薄な男であるからこそ買収し、ルシウスの暗殺を唆した。ギリアムはそれを理解していなかった。
ゆえに――。
「こいつとは、誰のことだ?」
そうドルモアに問われ、ギリアムは冷たいものが背筋を這うような感覚に襲われた。振り返ると、黒ずくめの男がいる。だが、男は間もなく煙となって霧散した。
(魔法傀儡か! やられた! そういうことか!)
ドルモア自身に監視されていたと気づき、一気に冷や汗が浮く。
素早くドルモアに向き直る。
ドルモアは目と口を三日月のようにして笑んでいた。
「貴様の報告は素晴らしい。ルシウスの手足を切りつけ、魔物をけしかけたか」
ギリアムはゾッとした。
途轍もない邪悪と向き合っている。
だが、なぜかそこに惹かれる自分がいる。
その感情に戦慄いていた。
「そして生きたまま魔物の餌にして見殺しにした、と。クククッ、虚偽の報告を上げるにしても、そこまでの非道を淡々と話すとはな」
相当な歪みだ。と、ドルモアは両手を組み合わせて肩を震わす。
「ギリアム。お前のした報告通りに、お前を殺す気でいたが、気が変わった。まさか俺を相手に、ここまで平然と嘘を貫き通せるとも思っていなかったからな」
ドルモアが席を立ち、立ち尽くすギリアムに歩み寄る。
「俺の手駒にしてやる。国を乱すのを手伝え。破滅と混沌の只中に身を置こう。お前なら分かるだろう。それがどれだけ楽しいことか」
ギリアムは跪き、頭を垂れた。
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