ガーランディア王の間にて(2)
「ルリアナ様、申し訳ございません。どうか、どうかお許しを!」
アリーシャが割って入る。だが火に油。ルリアナは目尻を痙攣させる。
「黙りなさい、この孤児上がりが! 誰に断って王妃である私に――」
「やめんか! もうよい、ルリアナ!」
王に声を張り上げられ、ルリアナは舌打ちして渋々足を退けた。そして、またアリーシャを打とうと振り上げていた手も下ろし、急に淑女然として居住まいを正す。
「陛下の御慈悲に感謝なさい。この痴れ者共が。それで、陛下は、これからどうなさるおつもりです? あの部屋から出れば、もはや行方は知れないのですよ?」
「だからどうだというのだ」
「何ですって?」
ルリアナが信じられないといった表情でノルギスを見つめる。
ノルギスは軽く二度、追い払うように片手を振った。
「誰か、その使用人二人を下がらせよ。治療もしてやれ」
「陛下!」
「ルリアナ、お前もだ」
「何を言うのです⁉ 災いを招く子ですよ⁉ 話し合わずにどうするのです⁉」
ルリアナは激昂して叫ぶように言うが、ノルギスは呆れたと言わんばかりにこめかみを摘まんで目を覆う。しかし、それだけでは気持ちが収まらず、かぶりを振って溜め息まで溢した。
(聞いてはおれん。ノインが何をするというのだ)
ノルギスの心中は複雑だった。
第一王子ルインを魔族の先祖返りとして産まれたがゆえに追放した。
しかし、それはノルギスの本意ではなかった。
王としての体裁を保つ為に、そうせざるを得なかったというだけだ。
(ノインにしたところで、折が悪かったというだけだ。もしルインが普通に産まれてきていれば、ルリアナの不穏な言葉に乗せられる者もいなかったであろうに……)
ノルギスはノインに悪感情を抱いてはいなかった。
むしろ、ルリアナを疎んじていた。
王妃としての務めも果たさず母国へ逃げ帰り、この国を呪われていると言い触らし、我が子を監視の封印の中に置く性根が気に食わなかった。
第一王妃のときもそうだったが、ノルギスは子よりも妻に悩まされていた。
(こんなことなら、人目を気にせずノインと遊んでやれば良かった……)
穢れが移ると言われ、ただの一度として抱いてやったこともない。
ノルギスはそれを悔いた。なぜルリアナの言葉に唯々諾々と従ったのか。一国の王であらんとする、かつての愚かな自分の見栄を嘆いた。
(まだ喋っておるのか。うるさい女だ)
喚き散らすルリアナの言葉を聞き流しながら、ノルギスは玉座から立った。
「ルリアナ、わしは下がれと言った。いや、国へ帰れ」
「な、なんですって⁉」
「聞こえなかったのか? さっさと帰れと言ったのだ」
「わ、私は、この国の王妃ですのよ! それを追い出すというのですか⁉」
「王の側におらぬ王妃などいるものか」
ノルギスはマントを引きずりながら、ルリアナの元へと歩み寄る。
「お前のことだ。探させるつもりであろう。好きにするがいい」
だが――。とノルギスはルリアナに顔を寄せる。
「見つけたら報告せよ。ノインをどうするかはわしが決める」
「い、いいえ、なりません! すぐに殺さなければ」
「黙れ。もし勝手にノインを殺したら、いや、害しても、わしがお前を殺してやる。戦も望むところよ。このガーランディアは、わしが戦で興した国。その強さはお前も知っておろう。下手なことをすれば、お前の国ごと滅ぼしてやる」
ルリアナはヒッと短く息を吐いて踵を返した。だが怯えは一瞬のこと。すぐに扉へと向かう足に力が込められ、沸々と怒りが煮えたぎっていく。
(なんたる無礼! 高が小国の王が偉そうに! 戦ですって⁉ 望むところよ! 私に恥を掻かせた報い、しっかりと受けてもらいますからね!)
「誰か! あの役立たずの使用人に、ノインを見つけて連れ戻すまで国へ戻らぬよう言いなさい! それと、すぐ父上にこのことを伝えなさい! ノルギス王が私を殺し、我が国を滅ぼすと言ったことを特に強く! 私はあの男と離縁します!」
癇癪を起こしたように言うルリアナの後ろ姿を見て、ノルギスは鼻を鳴らした。
(災いを招くか。或いは、これがそうなのやもしれんな……)
アラドスタッド帝国との関係も良好とは言えない。その中で怒りに任せた行動に出てしまった。ルリアナの祖国であるデルフィナ王国との関係までも悪化させる事態を招いた自分の浅慮を笑いながら、ノルギスは身を翻し玉座へと戻った。
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