ガーランディア王の間にて(1)


 

 小国ガーランディア――王の間。


 普段から厳めしい顔つきのノルギス・ガーランディア王は、玉座の肘掛けで頬杖をつき、眼前で跪くロディとアリーシャを睨むように見下ろしていた。

 理由は、二人からの耳を疑う報告にあった。


 ノイン王女が、姿を消した――。


「もう一度、申してみよ」


 ノルギスは空いた手で白い髭を揉み撫でながら、野太く低い声で言った。

 その響きは、脇に控える近衛兵たちの身を一層引き締めるほどの迫力があった。

 

 ロディとアリーシャもまた、嫌な汗が浮くのを感じていた。

 このような失態、首が飛んでもおかしくはない。

 だが、問われたからには答えざるを得ない。


「ノイン王女が……我々の目の前で姿を消しました……」


 ロディの返答に、ノルギスは深い溜め息を吐いた。


「あれに魔力はなかったはずだが?」


「はい。ですが、忽然と……」


「私たちは、ノイン様の手を握っていたのですが……」


 アリーシャは固唾を飲み込み、どうにか弁明の言葉を出した。

 ノルギス王は武の人。歳は四十と既に全盛期を過ぎてはいるが、戦場で自ら死地に飛び込み、戦を勝利に導いてきた男である。

 その大柄な体躯から放たれる威圧感は凄まじく、また眼光も鋭く、それらを向けられたロディとアリーシャは生きた心地がしなかった。


 王が黙り込み、重く沈んだ静寂が訪れた。

 肌がひりつくような感覚に誰もが息を詰めた頃、にわかに外が騒がしくなった。

 間もなく乱暴に王の間の扉が開かれる。


「ノインの反応が消えましたわ!」


 重苦しい雰囲気を裂くように現れたのはルリアナ王妃だった。歳はノルギスと同じ。だがエルフである彼女は成長が遅く、外見はその半分ほど。

 ゆえに、誰の目にも、うら若い美女が無作法を行うようにしか映らなかった。

 ルリアナは華美なドレスの裾をたくし上げ、気が気ではない様子で玉座へと向かう。

 

「ルリアナ、落ち着け」


 ノルギスの落ち着き払った声に、ルリアナは腰まである金の髪を振り乱す。


「これが落ち着いていられますか! ですから言ったのです! 産まれてすぐに殺しておかねばなりませんと! 手の届かないところにいれば何をするか――」


 そこまで言うと、ピタリと足を止める。

 赤い絨毯の上で跪く二人は、暗殺を言いつけたロディとアリーシャ。

 ルリアナは二人に気づき、その肌を赤く染め、端麗な容貌を崩す。そしてアリーシャをギロリと睨み、戦慄いたのも束の間、躊躇なく手を上げた。


「この、役立たず!」


 振り下ろされた平手は、アリーシャの頬を力強く打った。

 翻った手の甲が、すぐに逆の頬を打つ。

 二度、三度と王の間に頬を叩く音が響き渡る。

 嵌められた指輪で、アリーシャの頬が切れて血飛沫が舞う。


「ルリアナ様! ご容赦を! 責は私に!」


 ロディが間に入って頭を下げる。


「何を当たり前のことを!」


 ルリアナは止められたことにも怒りを膨らませた。

 歯噛みしてロディの頭を踏みつけ、ぐりぐりとヒールを捩じり込む。ロディは髪を赤く染めたが、呻き一つ漏らさず、歯を食いしばって耐えていた。

 

 

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