11


 ピシリ――と氷がヒビ割れたような音がした。

 そして、目に映るすべてが灰色に変わった。


 私だけに色がついている。


 これは――。


(お久しぶりです。緊急事態なので訪れました)


 金髪巻き毛のクピドが、ふわふわと視界に入ってくる。


 エルモア! やっぱり!


 私に危機が差し迫ったとき、エルモアが助言してくれる。

 というのは、そういうことだ。


 ロディとアリーシャは動きを止めている。私も体は動かない。

 時間が止まった訳じゃなく、感覚が高速化して、周囲が止まったように見えているだけだとエルモアが教えてくれた。脳に負担が掛かるので、長時間は無理らしい。


 それで、何が起きた訳⁉


 エルモアは悲しい表情を浮かべる。


(大変、言いづらいのですが、目の前の二人は暗殺者です)


 え……? ロディとアリーシャが……?


(はい。残念ですが、あなたはとても難しい選択を迫られます。今すぐ決めてください。ここに留まるか、それとも僕の力で脱出するか)


 私が言葉を失っているうちに、エルモアが話してくれた。


 ロディとアリーシャは、私の監視役として側に置かれていたそうだ。

 さっき話していた内容の一部は嘘で、今もまだルリアナの側仕えのままだという。


 ロディとアリーシャが、私を殺すの? どうして?


(ルリアナから、そう命じられているからです)


 ルリアナは保守的な考え方に固執していて、肉体と魔法の力以外は認めないという意見を公にしているそうだ。ギフトも不自然だとして受け入れていないらしい。

 それで、魔力を持たない私が、不思議な力を使ったり、おかしな行動をとったりしたら、すぐに殺すようにと二人に言いつけていったのだとか。


(これは僕のミスです。エルフの魔力感知力と、ルリアナの性格を考慮していませんでした。二つが合わさることで、こんな危機を招くことになってしまいました)


 ごめんなさい。とエルモアが宙で項垂れる。


 そんな……。それじゃあ、さっきのは演技だったってこと……?


 エルモアが落胆した様子のままかぶりを振る。


(分かりません。僕には、あなた以外の心の内を知ることができないんです。なので、判断はあなたにお任せしなくてはいけなくて……)


 ロディとアリーシャを信じるかどうかは、私次第ってことか……。

 でも、もう遅いわよね……。


 私はロディにギフトの力を見せてしまった。

 すぐにアリーシャにも伝わるだろう。


 そんな状況で信じるって、言葉通り命懸けだもの。

 今日にでも殺されてしまうかもしれない。


 寂しいな……。


 二人との思い出が蘇ってくる。


 私が寝返りを打ったとき、手を叩いて喜んでくれた。

 ハイハイしたときも、掴まり立ちをしたときも、歩いたときも。

 喋ったときなんて、自分のことのように喜んでくれていたのに。 


 それも全部、嘘だったなんて、信じたくはないけど……。


 だけど、行かなきゃ。もう一緒にはいられない。

 

 私は目の前で微笑むロディとアリーシャを見つめる。


 今まで、ありがとう。ロディ、アリーシャ。大好きだったよ。


(心は決まりましたか?)


 えぇ、ありがとう、エルモア。私は旅立つわ。

 そのお手伝いもしてくれるのよね?


(勿論です。今回は僕のミスですので、お詫びをさせていただきます)


 エルモアはそう言って、私の体を光で包んだ。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る