始まりの季節 ~入学式2~

俺たちはそのままのスピードで自転車を漕ぎ、あっという間に第五高校に到着した。


 校門をくぐり、はしゃいで荒くなった息を整えながら自分たちの自転車小屋を目指してゆっくりと自転車を進めた。


「私たちって4組だっけ?」

「そうだよ」

「オッケー」


 1年生のクラスが密集するエリアに到着し、俺たちは自転車から降りて4組の札が吊り下げられている小屋にやってきた。

 自転車小屋にはすでに10台ほど自転車が止まっていた。

 俺たちは空いている場所に自転車を止め、昇降口のある第2体育館側へと足を向けた。


「着いた~」

 歩きながら伸びをするなずな。

 彼女を横目で見つつ、スマホのメモアプリを立ち上げた。

 メモアプリの第五高校とタイトルがつけられたメモを開く。

 その中に書かれた箇条書きの文章をスクロールして知りたい情報を探す。


「なずなの出席番号は27番だな」

「オッケー」

 メモに書かれていたことをそのまま口に出すとなずなも流れ作業のように返事をする。

「ちなみに俺は28番だからワンチャン前後の席になるかもな」


「それほんと!!」

 ぼーっとほかのメモを確認していると急に左腕に体重がかかった。

 その原因を見るとなずなが目を輝かせながら俺を見上げていた。

 目の中に星が光っているように見えるほどきれいな目をしている。


「ほんとだよ。中学の時だって結構な頻度で同じ班になったりしてただろ?」

 俺は照れ隠しのつもりでなずなの頭に手を当て、思いっきり離した。

「あがっ」


 人1人分ぐらいの距離のところでなずなは俺に押されたおでこを両手で押さえていた。

 怒っているのかと少し気にして横目で見ているとそうでもなさそうでそのままの格好で話を続けた。


「確かにそうかも。でもさ、高校ってほんとに知らない人がいっぱいだからさ知っている人が近くの席になったら心強いって!」

「それは俺も思う」


 なずなのいった通り高校というのは受験で合格したいろんな学校出身の生徒が集まる場所だ。だから最初は独りぼっちから始まる人もいるかもしれない。


 こういうところはなずながいてよかったなと思う部分だな。俺自身、友達作るの下手だしな……もし、なずなが同じクラスじゃなかったら1か月ぐらいは独りぼっちの自信がある。


「でしょ!」

 そういうとなずなはすぐそばにそびえ立つ校舎を見上げていた。

 3階建ての校舎はとても年季が入っており、白いはずの壁はほとんど黒ずんでいた。


 ここまでは中学の校舎と変わらないのだが、やはり違う建物なのだと思えてしまう。


 白い壁にところどころ入れられた茶色の柱や何らかのストレスで入った亀裂の修正箇所の位置、耐震補強のために入れられた斜めに入れられた柱。そのすべてが俺には新鮮なものに見えた。


 それはなずなにも同じくとらえられているらしく「へー」と感嘆な声を上げていた。


「改めて違う学校にいる実感が湧いてきたな」

「ほんとそれ!校舎なんて中学も高校も一緒だと思ってたけどこう見ると全く別だよね!!」

 中学の校舎と違う所を指差してわざわざ俺に教えてくれている。


 その姿がとても可愛くてずっと見ていられる幼少期のような無邪気さが存在していた。


 校舎の角を曲がるとさっき構内に入ってきた正門が見えてきた。


 その正門が向かって左側にあり、右には左から順に第2体育館、教室棟、昇降口、特別棟が並んでいた。


 俺達がさっき見ていた校舎は特別棟だ。


 昇降口の前には生徒の送り迎えに利用されるであろうロータリーのような円形状の広場があり、そこには昇降口に吸い込まれていく生徒がたくさんいた。


 当然だが、彼らも全員俺達と同じ制服を着ている。


 やっぱり、自転車に乗っているときに感じたなずなと制服のベストマッチは他の生徒には感じられない。こう見ると本当になずなの容姿が別次元にあることが分かる。


 それは他の生徒も思っている事で、広場に居た生徒達が必ずなずなの事を見てから昇降口に向かっていったり、なずなの顔に見とれてしばらく立ち尽くしたりしていた。


 ついには


「あの、もしかしてアイドルの常葉なずなさんですよね?」


 俺らが歩く正面から3人ほどの女生徒が近づいてきてなずなに話しかけた。


「はい、そうですよ!」


 なずなは微笑みながら女生徒達に答えた。


 それを受けた彼女たちは黄色い声を上げて喜んでいた。


 瞬間。周りで立ち尽くしていた生徒達もジリジリと俺達を囲むように近づいてきて、あっという間に進行方向を塞がれてしまった。


「ホントになずなちゃんなの?」

「はいそうですよ。私が嘘を吐くと思ってるの?」


 男子生徒に質問され、なずなは首を傾げながら微笑んで返した。

「いいえ.....そんなことあるはず無いじゃないですか」


 そう言うと男子生徒は頬をピンクに染め鼻の下が伸びていた。


「握手してください!!」

 その男子生徒の反対側にいた女生徒がそう投げ掛ける。

「いいよ~」


 なずなは声を掛けた女生徒の手を握り、手の中で恋人つなぎのように指を絡めていた。

「うわ~神対応過ぎる!!!」

 女生徒も手を握りながら微笑むなずなにやられ、満面の笑みを浮かべていた。


 約10秒間握られた手はやがて離された。


「この手しばらく洗いません!!」

 握られた手を大切にもう片方の手で握りながら興奮気味になずなに告げた。

「うん!約束だよ!!」

 言うとなずなは手を振った。女生徒は満足したようで輪からするすると居なくなった。


 その女生徒が居なくなった所を見ると、ちょうど人1人分通れるぐらいの出口が出来ていた。どうやら、さっきの男子生徒もここから帰っていたのだろう、今その男子がいた場所には別の人がいた。


 出口を見ている間にもなずなは学校の生徒にファンサを行っていた。


「写真一緒に撮ってください!!」

「いいよ~」


 女生徒に写真を求められると、なずなは彼女が持つスマホを取り上げ、カメラアプリを立ち上げる。すると、自分自身が自撮りのカメラマンとなり、女生徒とのツーショットを撮ってあげていた。


「どう?可愛く写ってる?」

 一枚撮ってあげるとすぐに女生徒に返した。

「はい!!バッチリです」


 女生徒は満足そうに微笑んでいた。

「このスマホ二度と洗いません!!」

「あはは、スマホは絶対に洗わない方が良いと思うよ」

 興奮している女生徒の可笑しな発言にもしっかりと返事を返す。


 なずなのファンサはこんな感じでファンに求められた事はできるだけ何でもやってあげるのが基本だ。

 なずなは基本変装をしないので東京とかでもこんな感じで囲み取材のようにファンが囲んでくる。


 そのつどなずなはファンが喜んでくれそうな事を考え、行動に出す事を繰り返しているうちに見ての通りの神対応スキルを手に入れることが出来た。

 なので、なずなにファンサをされた人のSNSをエゴサすると必ず好印象の方が優勢なのだ。


 そして、1番凄いのはファンを裁くスピード。さっきまで30人ほどに囲まれていたのだが今は5人ほどに減っていた。

 なずなは基本1人1回ずつの対応と決めているのでファンサをした相手には必ず手を振って輪から外れて貰うようにしているのだ。


 これをする事で普通の人はすぐにその場から離れ帰って行く。それでも、帰らない人もいるが、そう言う人には

「もう時間だし自分の教室に行った方が良いんじゃない?」


 追い打ちで笑顔を振りまくことで撃退する。これをされたら男女問わず必ずその場から姿を消してくれるのだ。


「サインください!!」

「いいよ~どこに書こっか?」

「じゃあ、スマホケースの裏で!」

「いいの?すぐに消えそうじゃ無い?」


 この場では最後の生徒との触れあいが始まっていた。

 どうやら彼が求めたのはサインだった。


「じゃあ、スマホ本体でいいや!」


 そう言うと男子生徒はカバーを外し、裸になったスマホを差し出してきた。


「分かった。ここにサインするね!」


 なずながそう言うと俺があらかじめ出しておいたサインペンを受け取り自分のサインを素早く彼のスマホの裏に描き始めた。


「これで良し!君は最後だからおまけで」

 そう言い出すとなずなはスマホを表にむけ、カメラボタンを押した。

 そして、男子生徒に肩を寄せるとシャッターを押した。


「はい!写真!!勝手に撮ったものだから気に入らなかったら捨てちゃって良いからね」

 なずなはそう言いながらスマホを彼に返し、両手で手を振った。

「いいえ!!ホントにありがとうございます。最後まで残って良かったです!!」

 そう言いながら彼は手を振り替えしながら昇降口へと向かった。


 広場に残ったのは俺となずな、プラスで後からやってきた生徒だけだった。

 ほぼ2人きりになったところでなずなは手に持ったサインペンを俺に返してきた。


「ペンありがとうね!さすが私のマネージャー」

「ま、それが仕事だしな」


 俺もリュックを開き、サインペンを筆入れにしまった。


「さ、俺達も遅刻するから早く中に入ろう」

「うん」


 リュックを背負い直したところで再び歩みを進めた。

 現在時刻は始業開始の10分前。こうなることを予想して早めに出てきて良かった。


 無事、予定通りの時刻に昇降口に入る事が出来ました。

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