始まりの季節 ~入学式3~

 怒濤のファンサタイムから数分後。俺達はようやくこれから1年間を過ごす教室へとやってきた。

 1年生のフロアは最上階である3階にある。教室にはほとんどの生徒が登校しており、教室内は喧噪だった。


 教室に入る前後の扉に張られた座席表を頼りに自分たちの席に座る。なんと、俺の予想通り2人の席は前後でとなり通しだった。しかも、俺は窓際の列から3番目の列の1番後ろというなかなか良い席で内心とても嬉しかった。別に席のこだわりとか無かったが1番後ろの席になるとなぜか嬉しくなる現象って何だろうな?


 ともあれ、俺達はそれぞれの席に座り、荷物を机に置いた。

「やっと着いた~」

 身軽になったなずなは椅子をクルッと回転させて俺と向き合った。

 体を前屈みにして俺の机で両腕を使って頬杖を突いている。

 その可愛らしい仕草に俺も含めた教室中の視線が集まる。


 しかし、なずなは特に気にすること無く俺と視線を合わせてきた。

「お疲れ、学校に来るまでは順調だったが、やっぱり生徒達に囲まれてしまったな」

「それな~私を見つけて声を掛けてくれるのは嬉しいんだけどね~」


 掌の上で「疲れた~」と言わんばかりに表情が溶けていた。

「でも、今日は数が少なくて良かった。後、10人ぐらい多かったら間に合ったか分からん」


 なずなのファンサは1人につき大体30秒から1分くらい。10人居たら間違いなく遅刻だった。

 まあ、もしそうなっていたら俺が途中で割って入ったと思うから遅刻する事は無かったと思うが。


「まあ、今日は結果オーライと言う事でさっきの事は忘れよう!」


 もう話したくないと言っているようなものだ。しかし、なずなはこうは言っているが対応したファンの顔は大体覚えている。そこの所はさすがアイドルと言うべきだろう。


「それよりも、大輝の言った通り席が前後になってよかったね!」

 なずなの表情が一気に華やかになった。なずなから後光が差しているように見えるぐらいまぶしい。


「それな、しかも1番後ろというおまけ付き」

「ホント!最初の席でマジ神引き!!!」

「なずなは席替えでいつも前しか選べなかったならな~」

「あ~それは禁句の奴でしょ?」


 中学の時なずなは成績が低すぎて席替えの時にいつも前から2列目までしか選択肢が無かったのだ。それもあり、1番後ろで無いにも関わらずこんなにも嬉しそうにしているのだろう。


「高校では席替えで後ろになれるように勉強も頑張ろうな!」

 ニコッと俺にしてはいい笑顔をかましてやった。

「ムカ~!!大輝の笑顔マジむかつく!!」


 ほっぺたをぷっくりと膨らませながらポカポカと俺の胸元を叩いてきた。

 怒っているはずなのに可愛らしくて余計に表情が緩んでいくのが分かる。そのほっぺを膨らませる奴ってわざとやってるでしょ?


「悪い悪い。でも、勉強はちゃんとやろうな。追試なんて君にはやっている場合は無いのだから」

「ん~、分かってるよ」


 殴るのを止めて、口を結んで俺を睨み付けている。

 ウザいけど言われている事が正論過ぎて何も言えないやつだ。俺もたまになるから凄い分かる。


「さ、もうすぐ始業だから前を向いた向いた」

 「後で覚えてなさい」と小さく呟きながら渋々と前を向いた。

 俺の視界には次第になずなの背中が見えてきた。


 とても小さな背中。だが、画面越しに見ればとても大きく見える背中でもある。

 この背中がなずなの夢の舞台で見られたらどれだけ嬉しいか。今の俺には想像も付かなかった。


 なずなが前を向いてすぐに教室に設置されたスピーカーからチャイムが流れた。

 どこの学校でも同じあのメロディーを聴いたクラス内に居た生徒達は反射反応のように自分の席に駆け足で戻って行った。


 さらには、入学式にもかかわらず遅刻ギリギリで教室に入ってくる生徒もいた。


 そいつらを横目で見ているとチャイムが鳴り止んだ。

 この時には4組の全クラスメイト42人が席に着いていた。さすがに初っぱなから欠席する人はいないようだ。


 先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かになった教室、先ほどまで気付かなかった空調の音がハッキリと聞こえている状態の中、ガラガラと大きな音を上げて教室前方の扉が開いた。


 クラスメイト全員の視線が扉に集中する。

 音に遅れて中に入ってきたのは白いスーツを身にまとった若い女性だった。

 社会人らしく黒い髪の毛は艶やかに背中に流れている。それなりに大きめの目、シュッと小さい鼻と口、唇には大人っぽい赤が強めのリップが塗られていた。


 気にならない程度の肉付きのある頬は、健康体であることを裏付けている。

 顔立ちは十分といえるほど美しかった。

 さらに、体付きも大人っぽい。


 1番目に付くのは胸元にある大きいあれだ。これだけで立派な大人に見えてしまう。

 ヒップも大きさ的にはそれほどだが、プリッと感が高校生とは比べものにならないほどプリッとしており、なずなとは違った意味でボンキュッボンな体付きである。


 とまあ、一通り目に付く女性の容姿を上げていると、その女性は教壇を一段上がり、教卓と黒板の間に立って俺達と向き合った。

 昨日とは全くの別人に見えるが間違いない。彼女は俺達の担任蒲田ひな先生である。

 蒲田先生はニコッと微笑みながら教室内をぐるっと見渡していた。「やっと会えましたね!」といったうれしそうな表情に俺の視界に映る生徒達の緊張が若干ほぐれている気がした。


 やはり、高校という全く違う世界にやってきた俺達。さっきは、楽しそうに喋っていた生徒ではあったが多少なりとも緊張はする。俺だって今も新しい友達が出来るか不安だもの。


 それを暖かい微笑みで和らげてくれる蒲田先生の微笑みには感謝しかなかった。


 心の中で感謝を述べていると蒲田先生はコクッと小さく頷き、

「全員揃ってますね!」

 と、元気の良い声で喋り始めた。


「皆さん初めまして!今日から1年間皆さんの担任をする事になった蒲田ひなです!担当教科は現代国語で、担当部活は男子バスケ部です!!教員人生で初めての担任が皆さんでしっかりと担任が出来るか不安ですが何卒よろしくお願い致します」


 短めの自己紹介を綴った蒲田先生は腰から体を折り、頭を下げた。

 一生懸命な姿に俺は思わず拍手をしていた。

 俺の拍手がクラス全員に伝播し、大きな拍手となっていた。


 その間に顔を上げていた蒲田先生は何度も「ありがとうございます」とお礼を言いながら頭を何度も下げていた。

 拍手が鳴り止むと先生は言葉を続けた。


「では、高校生活1回目のHRを始めさせて頂きます!」


 この言葉を皮切りに先生は本日のメインイベント入学式の細かいスケジュール、入退場の説明を行った。

 学校の先生らしい1番後ろの人でも聞こえるような声で説明される内容は全て分かりやすくメモを取らなくても理解出来るほどだった。

 まあ、俺は心配性なのでメモをしていますが……


 机の上にはメモ帳代わりとして使っているA6のキャンパスノートが開かれている。

「最後に……」

 ノートに要点を書いているところに先生のこの言葉が耳に入ってきた。


 この言葉に反応し、先生を見ると、ちょうど視線が交わった。


「今年度の入学式のプログラムの1つである新入生代表挨拶ですが、なんと!我がクラスの橋本大輝君が新入生代表に選ばれました!!」


 先生の手が俺に向く。その手に誘導された生徒達の視線が俺に向く。

 すると、ほとんどのクラスメイトが橋本が俺だと知り驚いた表情をしていた。

 中には周囲の生徒と耳打ちをし、俺の事を確認している人もいた。


 それもそうだ、HRが始まるまでなずなと一緒に喋っていた得体の知れない変な男なのだから。俺もクラスメイト側だったら間違いなく何だこいつ?見たいな感じで見ていたと思う。


 とは言え、町中でも中学でも同じようにヘイトを貰っているのでもう慣れてしまった。

 今はただただたくさんの人が注目してるなーと感じるだけ。

 フ、変な耐性が付いてしまったものだ。

 折角先生が紹介してくれたのだ。何か反応しておくか。

 俺は先生に向けて軽く会釈を返した。

 それを受けた先生はクラスメイトに向けて呼びかけた。


「なので、入場の際、4組の先頭は橋本君になります。橋本君はそのまま、4組の最前列に座ってもらいます」


 俺は昨日聴いていたので2度目の話だ。生徒達も小中高、3回目の入学式なだけあって大体予想が着いているようだ。 特に何の反応もせず先生と俺の顔を見比べていた。


「以上でHRを終わりにします!この後トイレ休憩を挟んですぐに入場なので準備が出来た方から廊下に整列してください」


 先生の合図でHRは解散した。


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