第14話 魔物
「あ、都合よく僕狙いみたいですね。神殿から引き離します」
「え? ちょっ――」
女騎士、ジーク
無理に共闘することもないだろう。
ジークの目的が護衛ならこれで目的を果たせるはずだ。
モリアは前方の魔物――『鬼猿』を誘導すべく、神殿から離れるように駆け出した。
ついでに挑発として、飛礫もお見舞いする。
有効射程距離よりも離れていたため、顔面に軽く当たっただけだ。
しかし、効果はてきめんだったようである。
怒りの気配を更に強めた鬼猿は、猛然とモリアを追走し始めた。
建物から建物へと跳び移り、更に駆ける。
――遠距離だったとはいえ、躱そうともしなかったな。
猿にせよ鬼にせよ、人間に近い種族で知能は高いと聞く。
飛礫は慎重に対応されると、なかなか有効打にはなりにくい。
だがその心配は、どうやらあまりなさそうだ。
鬼猿が有効射程距離内に入った瞬間、振り返って飛礫を放つ。
寸分違わず、眉間へと石礫がめり込んだ。
同時に、建物の下へと跳び降りる。
モリアは慎重だった。
通常の獣であれば今の攻撃でだいたい死ぬが、魔物相手ではどうだか分からない。
同じ場所でじっとしていたら、思わぬ反撃を受けるかもしれない。
果たして鬼猿は、ほとんど勢いを保ったままモリアの頭上を通り抜ける。
建物の向こうから屋根を踏み砕く音が聞こえた。
突進を止めて反転したのだろう。
――来る。
憎悪に満ちた両眼が、屋根の上からモリアの居る場所を覗き込む。
そのまま押し潰さんと、街路へ跳び降りてきた。
相手は未知なる敵。
どんな攻撃方法を持ち、どれだけの耐久力があるかは分からない。
だから、慎重にその力量を見極めるのは当然の対応だ。
しかしその一方で、こちらから積極的に攻めなければ勝利できないのもまた事実。
危険を承知で踏み込まなければならない瞬間は必ずくる。
――今が、そのときだ。
上空から覆い被さるような急襲を後方に跳び退いて躱す。
必要最低限の回避行動。
目の前至近距離で四つん這いの姿勢になっている鬼猿は、側面のモリアを攻撃すべく腕を振るう。
しかし、そのような無理な体勢から振るった腕は容易く躱された。
残る腕で上体を起こし、身体を捻り、獲物たるモリアを正面に捉えようとする。
対するモリアは石礫をその手に握り込み、撃ち出さんと力を溜めていた。
本来こんな至近距離で使うような技ではない。
動作が大きく、接近戦で使うには危険すぎるのだ。
だが、いつかレミーにも説明した通り、飛び道具とは距離が近い程その威力を増大させる。
危険を承知で踏み込まなければ、得られない領域が存在する。
距離三十メートルで、野生の獣の頭蓋を砕くモリアの飛礫は――
至近距離ならば
その投撃が、モリアに対して正面を向いた眼前の鬼猿へと放たれる。
上半身――心臓の位置へと石礫がめり込む。
分厚い毛皮を、筋肉を歪ませ、内側の骨を粉砕する。
打撃による衝撃波は心臓を激しく揺らし、更に砕けた骨の破片が突き刺さる。
攻撃動作を終えたモリアは更に後方に跳び退きショートソードを抜いた。
その間鬼猿の反撃は無し。
賭けに勝ったという、確かな感触があった。
そのとき建物の上から、新たな人影が跳び降りた。
切っ先を真下に向けたジークが、鎧を着込んだ全体重で鬼猿の首筋にロングソードを突き入れる。
前屈みの体勢であった鬼猿の首を貫通し、喉笛を突き破った。
ジークは剣の柄を離すと鬼猿の肩を蹴って地面に着地し、続いて鬼猿も崩れ落ちる。
それを見届けたモリアは小剣を納めて声を掛けた。
「こんなところまで追ってきたんですか?」
金属鎧を着たまま、自分と鬼猿に追い付くとは恐れ入る。
モリアは素直に感嘆していた。
「貴殿が私にこいつのとどめを依頼したのだぞ。……しかし、とどめは必要あったのか? これ」
「念押しは大事なので」
動かなくなった鬼猿を見ながら、満足げにモリアは答えた。
「私は主の許に戻らねば。貴殿も来てくれると心強いが」
組合や城門など、気になる場所はいくつかある。
神殿は戦力が充実しているし、ジークのような猛者が加勢するのなら強敵にも対応しやすいだろう。
なら、自分は何処を優先して向かうべきか。
「うーん……僕は街の外が気になるので」
「街の外か。北方に生えているあれはなんだ?」
「近付かなければ確かなことは分かりませんが、樹海の樹木に見えます。あと、距離は離れていますが全方位に生えてるみたいですね」
ジークは驚いたように目を見開いた。
「長い歳月をかけて、人里が森林に飲まれていく現象なら聞いたことはあるが、それが一瞬で起きたというのか?」
「古代迷宮じゃ色々あるみたいですからね。樹木の姿をした魔物もいるって聞きますし」
「あんなものが動いたらお手上げだな……」
建物の隙間からでも、北側の巨大な樹木ははっきりと見える。
獣の襲撃が落ち着いたら、皆気付いて別の騒ぎになるだろう。
「モリア殿、状況が落ち着いたらまた話をしたい。組合に行けば貴殿に会えるのかな?」
首から提げた黒鉄札を見ながらジークは問う。
「多分。ジークさんは普段は神殿に?」
「いや、普段は貴族街だ。場所を言っても分かりづらいだろうから私から出向くよ」
ジークはモリアの実力を認識し、手を組みたいと考えたようだ。
この未曾有の事態に対応するには、強い味方が少しでも欲しい。
それぞれの目的は別の方向に向いているのかもしれないが、まずは生き残ることだ。
「分かりました。それでは」
ふたりはそこで別れ、モリアは街の四隅の城壁塔のうち、一番近い塔を目指す。
四つの塔は城壁でつながっており、それぞれの城壁の中央に城門がある。
街は正方形の城壁に囲まれ、東西南北の四方向に門が配置されている格好だ。
城壁塔に近付くと、戦闘の音が聞こえた。
塔の入り口には槍を構えた衛兵がふたり陣取り、多数の獣の攻撃に耐えている。
ここでの戦闘がいつから始まったのかは分からない。
だが、よくぞ持ち堪えてくれた。
生きていてさえくれれば、助ける甲斐があるというもの。
キャウン!という悲鳴と共に、最後尾のイヌ科の獣が崩れ落ちる。
続いて二匹、三匹と、不可視の攻撃によって悲鳴を上げる。
獣の群れは、城壁塔とは反対側、自分たちの後方から新たな脅威が迫っていることをようやく認識した。
先頭の獣二匹は塔の衛兵から距離を取り、背後を振り返る。
だがそのときには間近に接近したモリアによって、迎撃する間もなく首を斬り裂かれた。
飛礫によって手傷を負わせた三体にも、順にとどめを刺していく。
衛兵が駆け寄ってきた。
「助かりました! 凄い手際ですね」
「開拓者組合のモリアといいます。城壁の上から調査をしたいのですが、中に入っても?」
衛兵は自分たちを助けたのが黒鉄札、しかも少年と知って驚いたようだがすぐに返答する。
「了解しました。こちらへ」
この城壁塔では二人の兵士が見張りをしていたらしい。
獣が街で暴れているのが塔の上から見えたので、降りて来たところで戦闘になったそうだ。
狭い入り口を上手く利用することで、多勢に無勢を凌げたのは幸運だった。
城壁塔は防衛施設なので出入り口は内側、つまり街の側にだけ扉がある。
兵の案内で中に入ると、中央に僅かな空間を残す以外は上下への螺旋階段があるだけだ。
上り階段は城壁に出られる見張り台に、下り階段は恐らく武器や食糧を仕舞う地下倉庫だろう。
――獣の気配はないな。
地下の存在が少し気になったが、当面の危険はなさそうなので無視して上へと向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。