第9話 受付の男
反乱は、瞬く間に収まっていった。
元より流されてその場に居た者たちが大半。
ウェルゲンの側近たちだけでは、モリアひとりにも勝てなかっただろう。
第二ではレミーの実力を知る者は少ないが、第三所属の古株特例四人や、外で様子を伺っていた衛兵、白鉄札たちの実力は知られている。
戦って抵抗しようという者は居なかった。
第二拠点で拘束されていた何人かの衛兵や白鉄札も解放され、戦力差はますます決定的になった。
「人数が多いし、誰がどこまで本気で参加していたのか分からんからな。お前たちを今ここで拘束することはしない。逃げたい者は勝手に逃げろ」
第三の隊長はそう宣言した。
樹海から逃げ出すことは難しい。それでも、何人かは姿を消した。
衛兵や自由開拓者を手に掛けてしまった者は、もう助からないからだ。
樹海で獣に喰われるよりはと、その場に残った者も居る。
「護送すんのも無理だよなあ……どうすりゃいいと思う、モリア」
「一度全員引き上げるしかないですかね。こうなったら拠点の維持も難しいです」
第二拠点はそこそこの広さがあるため、特例無しでは人数が足りず防衛が成り立たない。
王国の歴史上、樹海開拓は何度か失敗しているらしいが、今回も同じ結果になりそうだ。
第二の特例たちは処刑を免れたとしても、再び開拓に回されるかどうかは怪しい。
防衛拠点をもっと小さくすれば良いだろうか。それとも何か別の手が。
モリアの思考は、樹海の奥に進む次なる手段の模索へと移行していた。
*
――第一開拓拠点。
危険な樹海と人類の領土を分かつ大河の北側。
ここは既に獣の領域ではあるものの、強固な防護柵と大勢の自由開拓者に護られ、比較的安全な場所である。
第三拠点の特例組は、開拓者組合が契約している宿舎の大部屋に寝泊まりすることになった。
第二の特例のうち、比較的問題無しとされた者たちにも別の大部屋が割り当てられている。
全員を拘束するには街の牢屋が足りないので、反乱に積極的に加担したと思われる層だけが捕まり、順次元の出身地に送り返されたりする予定のようだ。
もちろん、中には処刑される者もいるだろう。
第一拠点の宿舎から抜け出るのは簡単だが、ここでの態度が後の量刑に反映するとあっては、皆大人しくせざるを得ない。
ここで反抗するような性格の者は、既に牢屋行きが決定している。
「なんか街で買ってくる物ある?」
「酒とツマミ、適当に見繕ってきてくんね?」
「第一拠点に売ってなさそうなやつで頼むわ」
「はいはい」
第三の面々は許可制で街に行くことも許されていたが、今この時期に黒鉄札を提げて外を歩くのは躊躇われた。
モリアだけは元々拘束される理由が無く、河を自由に渡ることも許可されている。
首から黒鉄札を提げたまま、平然と外出しようとしていた。
「荷物持ちくらいは、俺が引き受けよう」
「…………じゃあ、頼もうかな」
モリアは一瞬考え込んだ後、レミーの申し出を受け入れた。
第一拠点内は今日も賑わっている。
元々、第二拠点まで進んで狩りや採取を行う自由開拓者は少数なのだ。
多くの者はここで戦利品を取引し、船で街と行き来する。
第二の人員は引き上げてしまったのだから、余計に人が多いということもあるだろう。
特例開拓者制度は半ば崩壊したようなもの。
だからこれは、ウェルゲンの勝利なのかもしれない。
彼は最初から、負けようのない
船に乗って、河を渡り南岸へ。
ライシュタットの街へと帰ってきた。
十五歳になるまでは特例開拓者として樹海の開拓に協力するつもりだったから、拍子抜けするほど早く帰還したことになる。
街の光景を見たレミーが感想をもらす。
「十日振り程度だというのに、随分と久しく感じるな」
「それだけ、樹海生活も楽じゃなかったってことだよ」
「確かにそうか。目的の無い者に、あの環境は辛かろう」
街の北から、通り沿いに歩く。
人は多いが街のほうが広い分、第一開拓拠点よりも歩きやすい。
モリアが向かった先は、開拓者組合だった。
扉を開けると一瞬、自由開拓者たちの視線が集まる。
日々危険な依頼をこなす者たちの習性のようなものだろう。
そしてすぐに視線を戻す――はずであった。
入ってきたのが今話題の黒鉄札、しかもふたり組とあって、皆思わず二度見した。
小声でざわざわと話し始める。
「特例じゃねえか。全員捕まったんじゃなかったのかよ」
「そんなに牢があるわけないだろ」
「第一拠点じゃ結構自由にしてるらしいぜ」
「まさか脱走してきたんじゃないだろうな……」
モリアは周囲の反応に構わず、禿頭の大男が座る受付の前へと進み、置いてある椅子に座る。
レミーは後ろで立って待つことにしたようだ。
「どうも、ご無沙汰してます」
「特例の小僧か……。堂々とこんなところを歩いてるってこたあ、お前は捕まらなかったほうだったか」
「ええ、幸いにも。それより聞きたいことがあるんですけど」
「なんだ?」
「このレミーなんですけど、特例に落とされる理由が何も無いんですよね。開拓者組合、偽の証文とか掴まされたりしてませんか?」
モリアとレミーの背後から様子を見ていた白鉄札たちは、それを聞いた受付の顔を直視してしまい、慌てて視線を逸らす。
「なん……だと……」
受付の大男の眉が跳ね上がり、眉間の皺は深まり、こめかみには青筋が浮かび上がる。
その眼光は、睨み付けるもの全てを滅ぼさんばかりに怒気を孕んでいた。
そして、大男は立ち上がった。
レミーの眉が僅かに動く。
「ちょっと待ってろ」
振り返って、受付の奥へと歩いて行く。
その顔を見た組合の職員が、驚いて声をかけた。
「ギルターさん? 何かあったんですか?」
「ただの仕事だ」
その背中を見送りながら、モリアは振り向いてレミーに声をかけた。
「少し待たされるみたい。座ったら?」
レミーはモリアが自分のためにここに来たということを理解した。
そのことについて何か言うつもりが、それよりも強い衝撃を受けたせいで全然別の内容を口にしてしまう。
「なんだあの受付は。開拓者――いや、傭兵か何かの間違いではないのか」
「ギルターだって。名前とかあったんだ」
「それはあるだろう名前くらい……獣じゃあるまいし」
呆れたようにレミーは返答する。
確かに……獣のような男ではあったが。
そう声には出さず、横にあった椅子を引いて腰掛ける。
しばらくして、何やら丸めた紙を持ってギルターが奥から戻ってきた。
「これがそいつ……レミーだったか。その証文だ。返済を条件に、特例開拓者として登録されている」
その証明書がカウンターテーブルの上に広げられる。
「だってさ。見覚えは?」
「……ないな」
「ギルター、一応聞くけど。組合が今すぐこれを無かったことにするのは出来ないんだよね?」
「……………………そうだ」
この証文を買い取った開拓者組合とレミーの間では、正式な特例開拓者契約が為されている。
本人の知らないところで、レミーを紹介した商人が代理人にでもなっていたのだろう。
これは組合と商会の間、あるいはレミーと商会の間の問題であり、組合とレミーの間の契約がすぐに解約されるわけではない。
その権限はギルターには無いし、また今は証拠も何も無いからだ。
ギリギリと歯軋りが聞こえた。
間接的に組合が騙されたことが、余程腹に据えかねているのだろう。
「じゃ、僕この商会の調査を引き受けますよ。依頼出してくれませんか」
「ああ? 依頼だあ? お前は特例だろうが」
街の自由開拓者は常に樹海開拓をしているわけではなく、様々な雑用をこなす何でも屋でもある。
モリアは年相応な雰囲気で、ニッと笑顔を浮かべて言った。
「白鉄用の依頼でも、特例に命令できるでしょ。ギルターが僕を指名して下さい」
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