第8話 共感
第二拠点、北口。
黒鉄札を提げた十名の男が現れ、見張りに発見された。
第三拠点の特例開拓者たちである。
モリアの立てた作戦は単純明快、投降した振りをして内部に侵入しウェルゲンを討つ、というものだ。
この場合、特例たちが本当に投降してしまう可能性もあるのではと、隊長は不安になった。
しかし、「僕は志願特例でいつでも辞められますし、ウェルゲンに従う利点が何もありません」というモリアの言葉に納得して送り出したのである。
第三から逃げてきたという言葉を信じて見張りはあっさりと中に通す。
反乱などといっても、所詮はこの程度だ。
ウェルゲンに伝えに行くという第二の黒鉄札に、ならば自分たちも挨拶に行くと同行する。
驚くほど簡単に、側近たちと話し込むウェルゲンのそばまで辿り着いた。
距離にして三十メートル。
第三の黒鉄札たちは、「この距離ならもう、モリアの飛礫で仕留められるのでは?」と考えた。
だがその作戦は事前に却下されている。
モリアは皆にこう言っていた。
――『第二の特例を皆殺しにしていいのなら、飛礫でも夜襲でも、獣をけしかけるような手でもなんでも使いましょう。でも僕の目的は樹海の奥に進むことです。それは少数では決して成し得ないことです。開拓者としてここに残る気がある者には、ひとりでも多く生き残ってもらいたい』と。
反乱に加わった者は生き延びても処刑かもしれないが、脅されて従っているだけの者はまだ分からない。
このままでは全員死ぬ。
モリアは犠牲を最小限にすることを望み、それに異を唱える者は居なかった。
「待て。なんだそいつらは」
「第三拠点の特例が逃げて来たんでさ」
「第三には衛兵も白鉄札も居るのに、全員無傷でここに来られたというのか?」
ウェルゲンの言葉に、皆がはっとする。
「止まれ!」
側近の怒鳴り声に、モリアは皆に止まるよう手で指示をする。
全員が大人しく従った。
だが、モリアだけはそのままゆっくりと前に進む。
周囲の者は恐らくこう考えた。
一番小さな、弱そうな子供が代表としてウェルゲンと話をする気なのだろうと。
ならば、第三の黒鉄札はやはり自分たちに従う気なのだと。
だから、誰もモリアの前に立ち塞がらなかった。
ウェルゲンだけが、険しい目でモリアを見据えている。
距離にしてあと十メートル。
モリアは立ち止まった。
そしてよく通る力強い声で、きっぱりとこう言った。
「ウェルゲン。あなたの首を街に差し出して、特例開拓者たちの助命を嘆願します」
腰のショートソードを抜いて、その場で構えを取った。
様子を見守っていた第二の特例たちは、皆唖然とした。
モリアとウェルゲンの距離はまだ離れている。
この少年は不意討ちでもなんでもなく、堂々と勝負をしようと言っているのだ。
ウェルゲンは数歩前に出て、ロングソードを抜き放つ。
特例たちは誰も動かなかった。
ウェルゲンの強さは、皆の知るところだからだ。
「残念だよモリア。そこまでの覚悟なら、君を斬るしかあるまい」
ウェルゲンはロングソードを振り上げ距離を詰める。
小柄な相手を斬るのに、細かいところは狙わない。
相手は金属鎧も付けていないのだ。
踏み込み、肩口から斜めに斬り裂くように、その剣を振り降ろす。
たとえ武器で受け止めようとも、体格差で捻じ伏せる。
対するモリアは相手の武器を受け止めるべく、ショートソードを振り上げる。
火花が走り、金属音が響き、長剣が跳ね上げられた。
ウェルゲンは握った剣ごと押し返され、よろめき、一歩後ずさった。
周囲の者の理解が追い付く間もなく、モリアはショートソードを構える。
まるで今から打ち込む場所を予告するように、ゆっくりと力を溜める。
それを防ぐべくウェルゲンがようやく剣を構えると、構わずそこに打ち込んだ。
再びの火花と金属音。
地面に靴の跡を引き摺るように、ウェルゲンは押し込まれる。
戦士としての地力が違い過ぎた。
素人目にもはっきりと分かってしまう圧倒的な差に、第三拠点の特例たちですら息を呑む。
三合目、長剣は地面に叩き落された。
次の瞬間、ウェルゲンの脚、両膝の上から血飛沫が上がる。
いつの間にか斬られていたのだ。
剣を落としたところまでは皆にも見えていたが、その直後に脚を斬った斬撃は、レミー以外には誰にも見えなかった。
ウェルゲンはもう、先程まで話し合っていた側近たちのすぐ近くまで押し込まれている。
だが側近たちは動けない。
間に入れば、何も分からないまま斬られる。
誰の目にもそれは明らかだった。
膝から崩れ落ちたウェルゲンに、モリアは質問する。
「ウェルゲン。無謀な反乱に、どうして特例たちを巻き込んだ?」
「こんな場所でこき使われて疑問を感じない奴らなど……生きる価値はあると思うか?」
「……………………」
ウェルゲンの側近たちのざわめきが聴こえた。
信じて従った男が、自分たちを利用していただけだと、突き付けられたのだ。
いや――
周囲からの殺意、敵意が急速に萎んで行くような、そんな気配をモリアは感じ取っていた。
「それはあなたの本心なんですか? それともまさか僕を気遣って?」
「フ……誰が君など気遣うか。せめて憐れな男の命を刈り取ったことを、これからも背負って生きていくんだな」
「……肝に銘じます」
そして、ウェルゲンの首は刎ねられた。
小ぶりなショートソードで、人間の首を余りにもあっさりと落としてみせた。
その剛腕に、周囲の者は改めて戦慄する。
落とされた首を、モリアは静かに見つめていた。
胸がちくりと痛む。
それは、初めて人の命を奪ったことに対する痛みか。
いや、今までは運良くそんな必要が無かっただけ。
兄弟たちが自分を――あるいは周りの者を、守ってくれていただけ。
手を汚す覚悟など、とうの昔に出来ている。
ならばこの痛みは、命を奪った相手に対する――
短い期間とはいえ、同じ黒鉄札という立場を共に生きた者に対する――
「確かに背負わせてもらいましたよ……ウェルゲン」
――僅かながらの、共感とも呼べるものなのかもしれない。
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