秘密のファンクラブ

みやふきん

第1話


 買い物があったから、いつもとは違う道を通って下校した。踏み切りの隣にあるアンダーパス。自転車と歩行者だけが通れる。下って上がった先に、児童公園が見えた。不思議なことに子どもたちの姿はなく、制服姿の男子高校生が三人、ブランコに乗って駄弁っていた。うちの高校の制服。三人には見覚えがあった。一年生の時に同じクラスだった。その時からずっとつるんでいる三人だ。時々廊下ですれ違うことがあった。

 その児童公園は、どちらかといえば中規模ではあるものの、歩いているとすぐに敷地から離れてしまう。もっと彼らを見ていたかったのに、私の足はもう次の交差点へと向かう。立ち止まれたらよかったのに。物陰からそっと彼らの姿を見ていたかった。私はあの輪の中に入るべき存在ではない。三人の黄金比で成り立つ彼らの表情を、あのキラキラしたまぶしい瞬間を、ただ見ていたかった。


 後ろ髪ひかれながらも私の足は交差点にさしかかり、青信号で足を止めた。

「片野さん」

名前を呼ばれたような気がして振り向くと、体育の合同クラスで一緒になる織部さんがいた。

「この道通るの珍しくない?」

「買い物があって、はじめて」

「で、発見しちゃったわけね」

「えっ?」

 訊かれた意味がわからず戸惑っていると、片野さんはにんまり笑った。

「三人組、見てたでしょ」

 見られてた、と急に恥ずかしくなった。

「片野さんの通ってきた道の反対側に、あたしはいたわけよ」

「え? その、それってつまり……」

「偶然じゃないよ。見てんの、いつも。観察してんのよ」

 そう言いながら、背中に背負ったリュックを地面に下ろして、中からノートを取り出した。ノートの表面には「野鳥観察 その2」とマジックでデカデカと書かれていた。

 必需品と言いながら、双眼鏡を取り出す。

「勝手に同好会作ってんの、野鳥観察の」

「野鳥?」

「……まあ、野鳥……みたいなもんだね。ピーチクパーチクよく囀ってるし、つつきあって戯れてるよね」

 確かに、とうなずいた。

「よかったら同好会に入らない?」


 考えてみてよ、と織部さんは、野鳥観察記録のノートを貸してくれた。

「岡田くんがAで、三宅くんがBで、森田くんがCだから」

 部員は何人いるのか訊くと、他に誰かいると思う?と返された。最もだ。三人はけっして目立つ方ではない。クラスの片隅にいがちな地味な子たちだ。

 だからこそ、放課後のあの瞬間が、まぶしく見えた。

 交差点の信号は知らぬ間にまた赤になり、パラパラとめくったノートの記録の、詳細なバカバカしさに悶絶した私は、即座に入部を決めた。

 そうして、翌日から私たちだけの秘密のファンクラブが始動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秘密のファンクラブ みやふきん @38fukin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る