第115話 祭りのあと。そして童貞へ……(3)

 享楽する破壊神ガルドの名に、全員が振り向き、その年齢不詳の美しい女を畏れた。

 イッサクは汗の粒を大きくし、深呼吸して女主人あらためガルドの目を見る。



「罰を下しに来たのか?俺たちが微笑む豊穣神ヨールを堕としたから」



 イッサクが緊張で声が上ずらせると、ガルドはおかしそうに笑った。



「そんなことしないわよ。そもそも、あんたの先祖にヨールを堕とすアイディアを吹き込んだの、私だし」



「……え?」



 なんのことを言われているのかわからず、イッサクの思考がフリーズした。



「あと、ヴァのお宝を探すゲームのアイディアも私」



「……えぇ?」



「ついでにいうと、あんたの一族がみんなクズになったのも私のせいよ」



「ふえぇっ!?なんでそんなこと!?」



「だって、あんたの先祖が、みんな賢人とか善王ばかりで、ヨールも真面目だから、なんにも面白いことが起きないんだもん。だから、ちょっと誘惑して……ね。」



「誘惑……って?」



「はやい話、私はあんたの遠い母親ってことよ」



 ガルドはそう言うとイッサクにウィンクした。

 つまりイッサクたち王族は破壊神ガルドの眷属なのだ。

 予想すらしていなかった話に、イッサクは天地が揺れたような気になり、両手で頭を抱えた。



「じゃあ、なんだ、このドタバタの原因は……」



「そう。私が諸悪の根源よ」



 ガルドはいたずら好きの少女のように胸を張り、イッサクはテーブルに突っ伏してしまった。



「あんた、俺たちの人生をなんだと思っているんだよ?」



「私の娯楽、ひまつぶし。私の名前を言ったんさい?」



「享楽する破壊神……って、まんまじゃねーか。その破壊神がどうしてここにいるんだよ?」



「私はあんたのファンだからね。フォローしに来たのよ」



「フォローだ?」



「まさかあんたが、クズはクズでも自分の存在をかけてまで、好きになった女を殺そうとするクズだとは思わなくてね。

 基本見る専なんだけど、私がまいた種で、お気に入りのおもちゃが弟の手に渡るのは面白くない。それにあんたも頑張ってたからね。だからこうやって消えないようにしてあげたのよ。感謝しなさいよね」



 自分で諸悪の根源だと言っておいて感謝しろとは、神の論理は度し難い。イッサクは激しい頭痛を覚えながら、自分の体を指差して聞いた。



「虚ろな悪魔ヴァとの契約が帳消しになったのに、なんでこんな穴が?」



「もとに戻している副作用よ。じきになくなるわ。ついでにミナに吹き飛ばされた左半身も治してあげる」



「ミナの記憶を消さなかったのは?」



「そのほうが面白いから。せっかくここまでこじれたのよ?盛り上がるのはこれからじゃない」



「……」



 神のぶっ飛びぐあいに、イッサクは絶句し、もうヘラヘラと笑うしかない。



「破壊神ガルドにおかれましては、今後の俺になにをご期待で?」



 イッサクの皮肉混じりのお伺いに、ガルドは真面目な顔で答えた。



「そうねぇ。まずは子供を作りなさい」



「こどもぉ!?」



 イッサクのみならず、デスノスやリリウィたちも声を上げた。ミナや、なぜかトキハまでもが、ものすごい顔でイッサクを見てくる。



「いや、俺はほら、異常性愛者だから、そう言うのは……」



 周囲からの期待と願望の圧力に、イッサクが曖昧に言葉を濁すと、ガルドが言った。



「そんなに気になるなら治してあげるわよ?」



「治すって?」



「だからあんたのお粗末さんをよ。あんたの異常性は、もとを辿れは私のだからね」



 ああ、なるほどと納得するも、イッサクはため息をつくように笑って言った。



「せっかくだけど、俺のは治さなくてもいいよ」



「なんで」



「いまさらふつうの女に興味ねーし」


 

 チラリとミナを見るイッサク。ミナは、目を大きく見開き、口を覆って感極まっている。そんな二人をガルドは鼻白んで見やる。



「ミナはふつうの女じゃなかったっけ?」



「顔と根性は別だ。記憶を消せなかった今となっては、あんなの見せられて、何も応えないわけにはいかないだろ」



 万霊祭最後の夜、ミナはイッサクの最後のカウンターをよけずに受け止めた。それを思い出して、イッサクはミナに笑ってみせた。



 イッサクの言葉に涙ぐむミナ。 歓声をあげ囃し立てるデスノスたち。

 ガルド一人が面白くなさそうな顔をしている。



「本当にいいの?あんたがミナのためにかけずりまわっている間、ミナは散々不倫してきたのよ?呪いは治っちゃったけど、また浮気するかもよ?」



「え、治った?」



 ガルドの言ったことを聞き流しそうになって、イッサクは慌てて聞き直した。



「私じゃないわよ。ミナがヨールの力を借りたときに、ヨールが治したのよ。そうよね?」



 ガルドがリリウィに抱かれている赤子のヨールを覗き込むと、ヨールは「チッ」と舌打ちする。

 いくら自分を嵌めた相手とは言え、0才児はそんなことしないと、イッサクは突っ込みたいのを我慢する。

 ガルドがミナをみて言う。



「ミナの体はもとに戻ったけど、あの快感は覚えている。とてもじゃないけど童貞に

は満足させられないわよ。絶対浮気するわよ。それでもいいの?」



 破壊神に波風立てられようとして、ミナは顔色を失っている。

 すると、後ろから、デスノスが声を上げた。



「ならばもう一度、誓えばよかろう。せっかく創世神の長姉がおわすのだ。その御前での誓いならば、そうそう裏切れるものではない。そうだろう、ミナ」



 そう言ってデスノスはミナに小さな光るものを投げた。

 受け取ったミナの手のひらを開くと、かつてデスノスがイッサクから受け取った、結婚指輪が静かに光っていた。



 ミナが驚いてデスノスを見て、それからイッサクを見る。

 イッサクも、驚いてデスノスに言った。



「なんで持ってんだよ?」



「売るわけなかろう。お前だって、まだ持っておるのだしな?」



 デスノスに見透かされ、イッサクは口を尖らせる。

 たしかにイッサクも、ミナから抜き取った指輪をまだ持っていて、それを取り出そうとポケットをまさぐった。だが。



「あれ……?無い」



 あちこちのポケットをひっくり返して慌てるイッサク。するとガルドが、ついっと指を差し出した。その先にはイッサクがミナから抜き取った指輪が輝いていた。





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 いつも読んでくださり、ありがとうございます。


 たくさんの★、レビューを書いていただきありがとうございます!

 おかげさまで、あたらしい読み手さんも増えました!



 この後日談ですが、書いているとつい楽しくて、1万文字ちかくになってしまいました。ですがもう次で最終話です。


 ぜひ最後までお付き合いいただけますよう、よろしくおねがいします。

 

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