最終話 祭りのあと。そして童貞へ……(4)

「あっ!いつのまに!?」



 イッサクが指輪を奪い返そうとすると、ガルドがズイと、唇が触れそうなほど顔を寄せてきた。



「気が変わったわ。返してほしいなら、まずは私と子供を作りなさい」



「「……は……はぁぁぁ?!」」



 驚く人間どもを、ガルドは悠然と見回すと、宣託を下すように言う。



「だって、条件なら私にも当てはまるじゃない」



「条件って?」



「あんたが殺したくなっても殺せない女ってやつよ。さすがのあんたでも、私は殺せないでしょ?」



「当たり前だろ!神を殺せてたまるか!」



 神を殺せる人間に心当たりはあるけども、いまはそう言う話じゃない。



「私、イッサクの子供なら産んであげても構わないし」



「いや、倫理的に無理があるって。さっきあんた俺の母親だって言ったじゃねーか」



「だから面白いんじゃない」



「基準それかよ!?」



 神との子供が生まれるというだけでもドラマ性十分なのに、さらには近親相姦でとなれば、一大悲劇が書けてしまう。

 苦悶をすりつぶしているようなイッサクの顔の前で、ガルドは指輪をちらつかせる。



「だってラブラブの二人が子供を作っても、普通すぎるじゃない。享楽の神の名においてそれはつまらない……いえ、認められないわ。

 言うこと聞くならこれを返してあげるし、あんたとミナがやり直す誓いも聞いてあげるわよ」



「拒否したら?」



「嫌がらせしちゃおうかなぁ」



 ガルドは指を唇に当て可愛らしく言うが、破壊神の嫌がらせなんて洒落にならない。

 すると、リリウィに抱かれていた赤子のヨールが、急にケタケタと笑い出した。リリウィはヨールに語りかけるように言う。



「困ったパパですねー。先にヨーちゃんの妹を作るのが先なのにねー」

 


「いや、お前はお前で何を言って……」


 

 パパだの、妹を作るだの不穏な言葉にツッコミを入れようとしたイッサクだが、ヨールを見つめるリリウィの表情をみて言葉を呑んだ。

 見た目こそ、一昔前のエロゲに出てきそうな白ギャルなのに、目が完全に座り、我が子のためならどんなことでもしてみせるという覚悟が見て取れた。その身に纏う泰然とした貫禄はまさに母のそれだった。

 


「なあ、パパって誰?」


 

 嫌な汗を包帯で拭って聞くと、リリウィがすっとイッサクを見る。


 

「あんたの他に誰がいるのよ」

 


「いや、だからなんで俺なんだよ!?」


 

 その声はもはや悲鳴だった。リリウィの胸に抱かれている赤子はイッサクの種でも、リリウィの腹を痛めたわけでもない。そもそもイッサクはリリウィと子作りをしていない。

 なのに父親にされるというなら、悲鳴をあげて弁護士も呼びたいところだ。 

 だがリリウィは菩薩のような謎の微笑みを浮かべて言う。

 


「パパはうちと一緒に死んでくれるんでしょ?

 だったら、あんたはこの子のパパじゃない。

 はやく私とこの子の妹を作りましょう。

 この子のためなら、うちはパパに殺されても構わないわ」

 


 笑みだけではなく、リリウィの論理も謎だが、狂気じみているのだけはわかる。



「(おい!あんたの教育方針間違ってんじゃないか?!」


 イッサクが赤子のヨールをジロと睨むと、ヨールもやりすぎたかなというように、不安げにリリウィを見上げている。

 言いたい放題の二人に、ついにミナはたまりかねてイッサクに抱きついた。



「私がイッサクの正妻なんですから、この人の童貞は私のものです。勝手なこと言わないで!」

  


 イッサクはミナの剣幕に呆れてしまうが、睨まれたリリウィは余裕の笑みでこう返した。



「だから何?うちはパパの恋人よ?」



 ガルドも悠然とミナを見下ろす。



「私はイッサクの母親よ。母親が息子をどうしようが勝手じゃない」



 正妻の宣言にまったく譲る気がない二人に、ミナも気圧されてしまっている。

  


「だったら私はお兄様の妹ですが?」



「お前まで入ってくるな!ややこしくなる!」



 トキハも手を挙げたので、イッサクはほとんど悲鳴のように叫んでしまう。

 ガルドがミナを見下ろし言った。



「享楽の神の名において、初物食いは譲れない」



「おい、神!?」



 リリウィもヨールを抱きしめて言う。



「この子が囁くのよ。イッサクの童貞を奪えって」



「そいつをなんとかしろ、神ぃぃ!!」



 神への畏怖も敬意もないツッコミをくりだすイッサクの横で、ミナが剣呑なオーラを纏って、ゆらりと立ち上がった。

 そしてミナはリリウィとガルドに向けて剣を突きつけた。



「体を治してくれたガルドにも、力を貸してくれたヨールにも感謝してる。

 だけどイッサクの童貞は絶対譲らないわ」



「だったら戦争ね」


 

 リリウィが謎の微笑みを浮かべた。

 ガルドも不敵に笑う。



「面白そうね。大陸が吹き飛ぶかもだけど」



 なんと、イッサクの童貞に世界の命運がかかってしまった!



「ええ……。またかよ……」



 あまりにくだらなさに、イッサクはもう突っ込む気力すらなくして、怪気炎を上げる3人をながめている。

 すると、デスノスがイッサクの肩を叩いた。



「で、誰に童貞を捧げるつもりなんだ?」



「これ、誰を選んでも、俺はタダじゃすまないやつだよな?」



「それはあきらめろ。どのみち、お前が童貞を失うのはわかっておったことだからな」



「なんで?」



「童貞とは遠くから女を夢みるだけだが、お前は違っただろ。

 女のために怒り、血を流し、命をかけた。

 そんな男は、もはや童貞とはいわんし、女もほっとかん。

 もし逃げようなら、今度こそ取り殺されるぞ」



 デスノスは、いかにも年長者らしいドヤ顔で説教をくれている。

 横目でそれを聞いていたイッサクは、鼻を鳴らすとやおら立ち上がり、硬く握った拳を掲げた。



「いいや、諦めない。世界の命運がかかってるんだ。俺の童貞は、世界を救った伝説の童貞として、後世に……」



「「「なにか言った?」」」



「……いえ。なんでもないです」



 3人の獲物を争う女たちの目に射竦められ、股間の息子がヒュンとなったイッサクは、おとなしく椅子に座り直した。

 それから、ガルドが淹れてくれたコーヒーを手にとり、その漆黒に目を落とす。



 もう童貞を捨てようが守ろうが、イッサクが酷い目にあうのは間違いなさそうだ。だったらせめて、はじめてのセックスぐらいには夢を見ていたい。

 イッサクはため息をつくと、黒い液体をちびちびと飲んでいく。



「やっぱり苦い」



(終)





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