第112話 童貞力は砕けない(10)
ナマクラが放つ強烈な光は、見るものの目を潰し、闇へと突き落とした。溢れ出す殺意は、触れたものの心を殺した。
それは暗黒の太陽だった。
イッサクの狂気が、ミナの目の前に顕現した。
暗黒の太陽に焼かれて、ミナは涙を流した。
それは、ミナを殺すためだけに輝いていた。ミナに怒り、ミナを欲しがり、ミナを想うためだけに狂っていた。
イッサクは、はじめからミナのためだけに生きてきた。
イッサクが右腕を振り切った。
光り輝くナマクラが、ミナに襲いかかる。
暗黒の太陽が、ミナを飲み込もうと迫る。
イッサクに切り札があることを予測していたミナは、これをかわすことができる。イッサクの狂気を、想いをなかった事にできる。
逃げたくない。
だが、逃げなければ肉片一つ残さずに、燃やし尽くされてしまう。
ふと、ミナの下腹が暖かくなった。自分の腹に居候している者に、背中を押されたように感じ、そしてミナは気がついた。
この居候は、今まで自分を励ましていたくれていたのだ。あの童貞をこじらせた面倒くさい男を、無理やり振り向かせるために、力を貸してくれていたのだ。
この居候のせいで、ミナはイッサクをめった刺しにし、いまも本気で殺そうとしている。しかもミナだけでなく、自分も、大陸すべての人間をも巻き添えにしようとしている。
しかし、そうでもしないと、イッサクは振り返らなかった。自分一人で勝手に完結して、わかった気になって、姿を消していた。
この居候は、イッサクを信頼しているのだ。たとえどんな無茶をしようが、あの男ならなんとかすると、この神はわかっているのだ。
すると、また、ミナの負けん気が燃え上がった。自分よりもイッサクを知り、信頼している女がいていいはずがない。神にできて、自分にできないはずがない。
ミナは剣を捨てた。そして両腕をめいいっぱい広げた。
暗黒の太陽がミナに直撃する。
イッサクの狂った想いを、ミナは全身で抱きしめた。
大広場が巨大な光に飲み込まれた。
それは大陸中から沈む太陽のように見えた。
巨大な光は王都全体を飲み込むと、一転、恒星が自重で崩壊するように中心に向かって収束し、大広場を深くえぐり、そして消えた。
光が消えると、大広場には、世界から隔絶されたような静けさと、夜闇が降りてきた。澄み渡った晩秋の夜空には、見たこともないほど多くの星がまたたいていた。
大広場にあいたクレーターのよう穴を、血まみれのイッサクが転がるように降りていく。
クレーターのいちばんどん底に、ミナは倒れていた。ミナは左腕がちぎれ、両足が潰れ、片目が潰れ、腹からは内臓がはみ出していたが、まだ息があった。
イッサクはミナの隣に、倒れるように腰を下ろした。そうして星あかりに浮かぶ、ミナの顔を黙ってみていた。ミナの顔は、血で汚れ、涙に濡れ、焼けただれて、ボロボロだ。
夢の中では見られなかった、ひどいミナの顔に、イッサクは見惚れていた。
「……変態」
星の瞬きよりもかすかなミナの声。
イッサクは鼻を鳴らす。
「しょーがねえだろ。その顔、好きなんだから」
「……ド変態」
ほどんど動けない状態で、ミナの目尻が笑っている。
イッサクは聞いた。
「最後、なんでよけなかった?」
「……あんな熱い愛の告白。もう逃げないって言ったでしょ」
「やっぱ、おまえ、頭のネジが吹っ飛んでるよ」
「……あなたよりはマシよ」
「証明、してくれるんじゃなかったのか?」
「……わたし、まだ殺されていないわよ」
「おまえ、なんで生きてるの?」
「……さあ。あなたもその怪我でどうして動けるのよ?」
「なんでだろうな」
「……ねえ?……私を殺したい?」
「ああ。殺したい。何度だって殺したい」
「……助けて」
「……」
「お願い、助けてよ。まだ死にたくない。まだ、あなたといたいのよ」
「こんな目に合わされても、まだそんなことが言えるのか。
いいかげん嫌にならないのか?」
「……痛いのは嫌。……ツライのは嫌。
でも逃げるのはもう嫌。
こんなに愛してくれる人と分かれるのは絶対に嫌。
だから、助けて。お願い」
「はじめからそのつもりだよ。おまえらのせいで、無茶苦茶面倒になっただけだ」
イッサクはミナの上に馬乗りになり、右手でそっとミナの頬に触れる。
そして右腕を大きく振り上げた。
ミナは静かにイッサクを見つめている。
「愛している。じゃあな」
イッサクはミナの下腹に右手を突き刺した。
ミナは目を見開き、口から血を垂れ流して、ガクリとうごかなくなった。
ズブズブと暖かい臓物をかき分けると、ミナの下腹から、血に濡れ、紫色に光る臓物を引きずり出した。
「王命。神よ還れ」
紫に光る臓物が、ガラスのような音とともに砕け散り、中から手のひらに乗る大きさの嬰児が現れた。
イッサクは血まみれのシャツで嬰児をくるみ、胸に抱く。
つぎに、自分の腹の中から、黒い小さな瓶を吐き出した。
GGレアのアイテム。神の決定すら覆すという万能薬。
イッサクは、黒い瓶を、動かなくなったミナの上で握りつぶした。
瓶の中から黒い液体が、ミナへ降り注ぎ、ミナの血と混じっていく。
それを見つめながらイッサクは呟いた。
「願わくば、俺のいない世界で穏やかな幸せを」
すると、黒かった液体が透明になり、輝きを放ちながらミナの体へと吸い込まれていく。
イッサクはそれを見届けると、ミナに背を向け、クレーターのような大穴をよじのぼっていく。上半身の左側をほぼ吹き飛ばされていたのに、イッサクの体はジリジリと進んでいく。
「本当に、どうして俺はまだ生きているんだろうな……」
そうして、どうにか地上に這い上がったイッサクの耳に、男の叫びが響いた。
「イッサクーー!!!」
ラヴクラフトがイッサクに銃口をむけて立ちはだかっていた。
少し離れたところで、デスノスが二人を黙って見守っている。
「よくもミナをっ……!!」
だがラヴクラフトの手は震え、引き金を引くことができない。
イッサクはゆっくり立ち上がり、ラヴクラフトの前まで来ると、自ら銃口を眉間に当てて、ラヴクラフトに笑って見せる。
ラヴクラフトは、青ざめた顔に大きく目をあけ、唇を震わして、叫んだ。
だが、叫びは声にならない。
引き金にかかった指は、震えて動かない。
イッサクが額で、ぐいと銃口を押し返す。さあ撃てと笑ってみせる。
ラヴクラフトは、とうとう銃を落としてしまい、嗚咽し崩れ落ちる。
一瞥もせずに、立ち去るイッサク。
その背中に向かって、ラヴクラフトは呪詛を投げた。
「お前さえいなければ、ミナはっ……。
復讐してやる!
お前を超える王になって!必ず!!」
イッサクは歩みを止めず、振り返らず、その呪詛を笑う。
「人は罪なくして王たり得ない。
恋人の仇すら殺せないほど善良なお前は王になれない。
それに俺に復讐するだけなら、そんな必要もない」
イッサクは、少し離れたところから見ていたデスノスを軽く睨んだ。
「なんで連れてきた?」
「こやつにとて、けじめは必要だ」
「お人好しだな」
「犬は飼い主に似ると言うだろう?」
イッサクは「ふん」と鼻を鳴らすと、抱いていた胎児をデスノスに押し付けた。
「これは?」
戸惑うデスノス。
イッサクはその肩に手をおいた。
「後のことは任せた」
イッサクの手は、枯れ木のように軽く、弱々しかった。
だが、デスノスは動けなくなった。
まるで地に埋るのではと思うほど、重く感じた。
デスノスの全身が粟立ち、騎士の矜持が震えるのがわかった。
「はっ。おまかせを」
手を振って去るイッサクの背中を、デスノスは最敬礼をもって見送った。
そうしてイッサクは、王都の夜の中にひとり消えていった。
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いつも読んでくださり、ありがとうございます。 そしてここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます! いろいろありましたが、なんとか一応の区切りがつき、肩の荷も半分ほどおりました。
当初は、芥川の羅生門を真似して、ここでピリオドを打とうと考えていたのですが、色々回収しきれていないのに、さすがにそれはここまで読んでいただいた皆様に失礼です。
というわけで、後日談的なものを、あと数話続けさせていただきます。そちらも是非おつきあいください。
皆様にお願いです。
この物語のレビューをお寄せください。
ここまで読まれたのがはじめてでして、読み手のみなさまから見て、私ってどうなのってとても知りたいです。 あと単純に★もほしいっ! この物語を3割でもいいなと思われましたら、ぜひ書いてお寄せください。
残りわずかですが、引き続きお付き合いいただけますよう、お願いします。
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