第111話 童貞力は砕けない(9)

 ミナはどこを狙ってくるか?

 イッサクには、それはすでに明らかだ。

 問題はタイミングだ。

 早すぎてはミナに狙い返されるし、遅すぎたらあの世いきだ。



 イッサクは、ミナの目の潤み、眉の痙攣、唇の乾き、耳の血色、指先の柔軟さ、喉に浮かぶ脈の動きまで捉えている。

 だが、わからない。

 土壇場に来て、ミナの考えが全く読めなってしまった。

 ミナはイッサクへの油断も慢心も完全に捨て去っていた。

 調子に乗って種明かしなんてするんじゃなかったと、イッサクは己に舌打ちする。



 10秒たったのか、それとも1時間か。

 睨み合っているだけなのに、体力が激しく削られていく。

 吹き飛ばされた左腕から血が止まらず、激痛で気が遠くなる。

 一瞬、イッサクは目眩を覚えた。

 そのとき、ミナの剣先が光った。



「しまった!」



 ミナの狙いはわかっていた。

 一番かわしづらく、一番致命的な箇所、心臓狙い一択。

 だがタイミングが完全に遅れた。

 絶対にかわせない。

 イッサクのあの世行きが確定してしまった。



 だが、死んでもミナに一撃を喰らわせ、邪神様の封印を解く。

 その覚悟が、イッサクに最も合理的な動作をさせた。

 心臓を貫かんとする閃光にたいして、イッサクは数センチ体をずらしただけだった。

 


 金色の閃光が、イッサクの心臓をかすめた。

 そして左の胸から肩が吹き飛ばされた!



 滝のように吐血するイッサク。

 だが目は強く輝いていた。

 心臓はまだ動く。

 右腕の感覚も残っている。

 ミナを殺すにはそれで十分だ。



 イッサクは、吐血の中で歯を食いしばり、ナマクラを持つ右手を強く握りしめた。

 そして、体の左側を吹き飛ばされた余勢をつかい、残された力をすべてを右腕にのせた。



「いっくぞーーー!!」



 イッサクは吠えた。

 そしてナマクラの剣が、太陽のように激しく輝いた。










 イッサクと相対しながら、ミナは疑問をいだいていた。

 いや、ずっと以前から疑問だった。

 なぜイッサクは魔法を使わないのだろう。



 ミナはイッサクの左半身を吹き飛ばした。

 完全に虚を突いて心臓を狙ったのをかわされたのは驚きだったが、相手はあのおそろしいイッサクなのだから、その程度あって当たりまえだ。



 それでもイッサクに致命傷を負わせた。

 イッサクは、あと数分で絶命する。

 だがそれは魔法を使わない場合の話だ。


 

 ミナは、イッサクに引きちぎられた左腕を元通りに治癒したが、同じようなことは、当然イッサクもできる。

 しかし、イッサクの傷は回復していない。

 吹き出す血は止まらず、青ざめ汗だくの顔から痛覚遮断すらしていないことがわかる。

 致命傷なのだ。

 放置すれば数分と持たないのだ。

 なのになぜ、この期に及んでイッサクは魔法を使わないのか?



 思えば、イッサクが魔法で傷を回復させないのは、今に始まったことではない。

 ミナが滅多刺しにしたとき、イッサクは回復薬を使っていた。

 春暁の館で、先王に腹を割かれた時も、布で縛る程度の手当しかしていない。

 ミナに追い回されたときも、ラヴクラフトに捕まったときも、魔法を使えばもっと楽に状況を打開できたはずだ。

 


 なぜイッサクは魔法を使わないのか?



 いや、イッサクは魔法のようなものを、つい先日、ミナの前でつかっていた。

 春暁の館で、ミナを襲った先王を吹き飛ばしたアレだ。

 あんな魔法、ミナは見たことがないが、魔法以外にはありえない攻撃だった。

 あのときイッサクは、ナマクラの剣を投げただけと言っていた。



 まさか。



 ミナの表情が変わった。

 さっきの挑発は布石だ。

 イッサクはまだ切り札を残している。

 ミナはすぐに構えをとった。

 どんな攻撃であろうと、飛んでくるとわかっていれば対処できる。

 イッサクは自分の攻撃をかわしてみせた。

 だったら自分も同じことをしてみせる!



 そのとき、イッサクのナマクラの剣が見たこともない輝きを放ち、ミナの視界が強烈な光で覆われた。

 


「いっくぞーーー!!」



 イッサクの咆哮が激しくミナの体を揺さぶった。

 その声は、まるで抱きしめられたときのように、ミナの体を熱くさせた。

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