第107話 童貞力は砕けない(5)

 イッサクが血まみれの左手をかざして、ミナに近寄っていく。

 ミナは咄嗟に自分の腹を隠した。

 邪神を連れて行かれれば、もう神を殺すことはできなくなる。

 イッサクが夢見ている女を殺せなくなる。

 イッサクは永遠に自分を見てくれなくなる。



 恐怖がミナの心と身体を凍てつかせた。

 脳が動かなくなり、ミナの意識にわずかな間隙が生じる。

 そのポッカリとした空間に、それまで考えなかった可能性がぽつんと浮かんだ。



 それはあり得ないことだと、はじめから打ち捨てていた可能性。

 意識に上らないよう無意識に閉じ込めていた恐れ。

 ミナが自ら生んだ盲点。

 だが、それこそが答えだった。



「まさか……、あなた……、実力で私と戦っていたの?

 幻術も、アイテムも、はじめからなかったの?」



 イッサクは名探偵に正体を暴かれた殺人鬼のように、満足げに笑った。



「ご名答。実は種も仕掛けもありませんでした、ってな」 



 ミナは信じられないと首を振る。 



「そんな力があったら、どうして、いままでっ」



「お前を驕りと油断でブクブクにして、こうやって一方的に嬲るために決まってるだろ。能ある鷹は童貞なんだぜ」



 だがそれでもミナはまだ信じられないでいた。

 本当はなにか隠しているのではないか?

 これもイッサクの詐術なのではと疑った。

 いや、その考えにしがみつこうとした。



 そうでなければ、いまの圧倒されている状況が、本当の実力差ということだ。

 イッサクに勝てないということだ

 このままミナは、邪神を奪われてしまう。

 夢の中の女からイッサクを取り戻せなくなる。



 いま、神を殺すか?

 神殺しのちからで、国民に精神干渉し、神の姿を書き換えるか?

 だめだ。

 神を消し去るに十分な注目を集められていない。

 それに神が死に絶えるまで、どのくらいの時間がかかるかわからない。

 その間にイッサクに腹の中の邪神を奪われてしまう。



 力ではイッサクには勝てない。

 神も殺せない。

 もう手はないのか?

 イッサクを失うしかないのか?


 

 嫌だ。

 なにを犠牲にしてでも、それは絶対に嫌だ。

 イッサクが他の女を見るのなら、いっそイッサクを壊したほうがずっといい。

 そばにいてくれるなら、たとえそれが残骸でも構わない。



 追い詰めれたミナは、無残に笑った。

 溺れながら掴んだ泡沫に、希望を見てしまった。



 ミナは瞳を紫に輝かせて、ゆっくりとイッサクに近寄っていった。

 まるで動く死体のように歩いていった。



「ふん」



 イッサクは鼻を鳴らし、腕を組んで仁王立ちした。

 構えることも、逃げることもせず、ミナを待ち受ける。

 ミナの氷のように冷たくなった両手がイッサクの顔を包み、紫に輝く瞳がイッサク目を覗き込む。



「もう、あなたなんていらない。

 私だけを見るあなたがいてくれたら、それでいい」



 その言葉は、声ではなく、命令概念のエネルギーだった。

 かつて経験したミナの精神干渉など比ではない。

 頭の中で、ビルを破壊するようなノイズが荒れ狂い、イッサクの自我を書き換えようとする。

 巨大な鐘が鳴るような目眩が、イッサクを襲う。

 だがイッサクはヘラヘラと笑っていった。



「はっ、やっと本心を現したな。

 お前は俺を怖がっているだけだ。

 俺から目を背けたくて、自分の世界に閉じ込めようとしているだけだ。

 むかしも今も、こうやって力ずくでな」



「黙って。もう、そんなあなたなんて、いらないっ」



 ミナの指がイッサクの顔にめり込む。

 瞳がまばゆいばかりに輝くと、ドンという衝撃が、イッサクの頭を襲った。

 イッサクは雷に打たれたように体を痙攣させ、白目を剥き、口から泡を吹き、そして動かなくなった。



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 いつも読んでくださり、ありがとうございます。

 

 性的描写の修正作業では、大変ご迷惑をおかけしました。

 本日1月9日が、修正期限です。

 物語を終わらせるべく、無理やりぶった切ってでも修正を行い、完了の報告もしておりますが、ここより先は修正担当のみぞ知る。

 かなりドキドキしております。


 物語もいままさに佳境で、なんとしてでも完結させたいです。

 首尾よく掲載継続となりましたら、最後までお付き合いいただけますよう、よろしくおねがいします。 


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