第106話 童貞力は砕けない(4)

「ぐぁあああ!!」



 絶叫をあげるミナ。

 この痛みは、熱さは、衝撃は夢や幻ではない。

 現実にミナは腕を引きちぎられてしまった。

 イッサクは、返り血をあびた顔にうっすら笑みを浮かべ、引きちぎった左腕をミナへ放り投げてやる。



「ほら、立て。早く回復しろ。久々にお前を嬲れるんだ。もう終わりなんて言ってくれるなよ」



 ミナは左腕を肩に当て、回復魔法をかけながら、血と脂汗にまみれた顔でイッサクを睨みあげた。



「私になにをしたの?」



「さてな。ただ大陸最強を相手にするんだ。それなりの仕込みはしてきたさ」



「リリウィじゃないの?それともデスノス?」



「答えは自分で見つけろ。さもないと、あっさり殺しちまうぜ」



 イッサクはミナに背を見せて距離を取る。

 ミナは唇を噛みながら、考える。

 いったいイッサクは何をしているのか?

 リリウィの幻術ではなかった。

 他のちゃちなトリックでもない。

 


 ならば、妙なアイテムか?

 イッサクは、ミナに滅多刺しにされた傷を一瞬で回復させる薬や、強力な媚薬の入ったローションを使っていた。

 同じようなものが、まだあるのかもしれない。



 それなら対応はシンプルだ。

 イッサクにアイテムを使う間を与えなければいい。

 もちろん幻術への警戒も怠らない。

 油断も慢心も、もうありえない。

 ミナは左手で拳を作り、腕が回復したのを確認すると、剣を取り直した。

 そしてまだ背を向けているイッサクへと切りかかった。



「おおっ!」



ミナは猛然と剣を振るった。手加減など頭にない。

 イッサクに致命傷を負わしてでも、イッサクを取り戻す。

 その一心で剣を振るった。

 ミナの剣は神速に至り、大広場に突風を呼ぶ。



 だが、かすりもしない。

 イッサクはあらかじめわかっていたかのようなステップで、ミナの剣をかわしていく。

 二人の戦いを目で追える者には、それは舞踏のごとく見えただろう。

 ミナは焦った。

 自分がこんな一方的にあしらわれることなどありえない。



「(すでに何か使っていた?だったら!)」



 ミナは全身に魔力をまとい始めた。

 その熱量は加速度的に上がっていき、ミナ自身を爆弾と化していく。

 死なばもろともの、ゼロ距離からの魔法攻撃。

 やればミナとて無傷ではすまないが、イッサクはシャツとスラックス姿。ダメージは向こうのほうが大きい。

 ミナは、抱きつくようにイッサクに迫った。

 魔力が臨界に達する。



「吹き飛べ!」



 だがそのとき、ミナの魔力が霧散した。

 ミナの腹に、イッサクの血まみれの左拳が、深々とめり込んでいた。



「王命。多少の魔力なら無効化できる。我が家の秘伝だ」



 くの字になったミナが、たまらず膝をつく。

 イッサクがミナの腹を暴こうと、さらに腕を伸ばしてくる。

 させじと、ミナは後ろに逃れようとしたが、イッサクはその後頭部を渾身の力で蹴り抜いた。



 顔面からステージに叩きつけられ、ミナは糸の切れた人形のように転がっていく。

 ミナは、すぐに立ち上がり、鼻血を拭い、イッサクに向けて構える。

 だが、その目からは戦意が消えかけていた。

 恐怖に呑まれようとしていた。



 わからない。

 イッサクが何をしているのか、何をされているのか、まったくわからない。

 今までのどんな苦しい戦いでも、ミナに膝をつかせる者などいなかった。



 イッサクは必ず何か小細工をしている。

 そうでなければ、ここまで一方的に押し込まれるわけがない。

 いまミナは、考えうる可能性のすべてを織り込んで戦っている。

 幻術であろうと、チートなアイテムであろうと、あることを前提にすれば、対応することは難しくない。



 だが、イッサクの未知の攻撃には通じてない。ミナの対策が通用しない。



― 答えは自分で見つけろ。さもないと、あっさり殺しちまうぜ ―



 イッサクの言葉が、死の感触とともに頭に鳴り響く。

 ミナは必死に考えた。

 だがイッサクがなにかをした素振りも、気配もない。

 リリウィやデスノスのような協力者がいる気配もない。

 


 終わらない悪夢に閉じ込められたような恐怖を、ミナは6年ぶりに与えられていた。

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