第105話 童貞力は砕けない(3)

 イッサクの全身から流れ出るドロリとした殺気に、ミナは恐怖した。

 6年を経て向けられたむき出しの欲望に、胸がときめいた。

 顔がほてりを帯び、体がこわばった。



 その隙を、イッサクは見逃さなかった。

 ナマクラを大きく振りかぶり、声を上げてミナに飛びかかった。

 だがミナは、悠々舞うようにそれをかわし、イッサクを嘲笑する。



「なんだ、ぜんぜん駄目じゃない。

 6年前みたいに、すごいのかと思ったら、勢いだけ。びっくりして、損した。

 ……ああ、だからね。

 あなたが私じゃなくて、夢の中のミナに熱を上げたのは。

 私を殺せないから、現実逃避していたのね」



 ミナの嘲りに、イッサクはふっと笑った。



「そうだな。現実にお前を殺すわけにいかないから、俺は夢を見ていたんだ」



「でもその女は殺す。これからあなたは私だけを見ていればいい」



「俺たちは戦争をしているんだったよな?俺はまだ降伏してないぜ?」



「そんな動きしかできないのに、まだするつもり?」



「正々堂々、お前をぶちのめせるのが嬉しくて、つい力んだんだよ」



「ふーん。だったら、やってごらんなさいな」



「じゃあ、お言葉に甘えてっ」



 すると、なぜか、ミナの眼前にイッサクの拳が迫ってた。



「え?」



 あっけにとられるミナ。

 イッサクの拳は、ガラ空きの顔面に容赦なくめり込み、ミナを吹き飛ばした。

 ミナはステージに叩きつけられるも、素早く立ち上がり、イッサクと距離を取る。



 手を顔に当てると、殴られた箇所が熱くなっている。

 痛みも本物だ。

 ミナは現実にイッサクに殴り飛ばされた。

 それは理解した。



 だが、イッサクが何をしたのかはわからない。

 たしかにイッサクのことをなめてはいた。

 しかし、だからといって、素手で殴り飛ばされるような隙などみせていない。

 


 ミナは呼吸を整え、剣を構え直す。

 だが、またイッサクが消えた。

 いや、ミナのすぐ左の死角に飛び込み、ナマクラの剣を振りかざしていた。

 ミナの炎の加護がイッサクを焼く。

 だがイッサクが振り下ろす剣の圧だけで加護は吹き飛ばされてしまった。



 ミナはなんとかイッサクの攻撃をかわすが、次の瞬間、側頭部に破壊的な一撃が加えられた。

 イッサクが剣をおとりに、死角からさらに蹴りを放っていたのだ。



 耳の奥を揺さぶられたミナは、刹那、からだの自由を失う。

 死角から、どす黒い殺気がミナの脊髄を貫いた。

 体はまだ動かない。

 殺られるっ。

 絶命の危機に、ミナのリミッターがはずれた。



「おあああ!」



 ミナは叫び、魔力を暴走させ、ステージ上で大爆発を起こした。

 なんの制御もされていない、ただ力を暴走させただけだが、それでも威力は凄まじかった。



 体が動くようになったミナは、爆炎に紛れ距離を取り、魔法で鎧を編み身にまとう。

 煙の切れ目から、イッサクがミナを見据えている。

 ミナは全神経をイッサクに注ぎながら、一体何が起きているのか考えた。



 イッサクはものすごいスピードでミナの死角に入り、攻撃をしていた。

 だが不意も油断もつかないで、自分を相手にそんなことができる人間がいるとは思わない。

 6年前とは違う。

 自惚れではなく、現実的に考えてそうだ。



 ならば、イッサクは何らかのトリックを使っているはずだ。

 薬で感覚を鈍らされているのか?

 強力な音響で、耳を揺さぶられているのか?

 ガスか?

 光学的な装置か?

 そのとき、イッサクの左手からジャラと鎖がこすれる音がした。



「(そうか、リリウィだ)」



 あの女も、イッサクを鎖につなぐほど執着している。

 数少ない友人だが、邪魔をするなら容赦はしない。

 イッサクを奪おうとするなら殺してやる。



 リリウィは、かならずこの騒ぎにまぎれて隠れているはずだ。

 あの幻術は2度体験している。

 来るとわかっていれば対応できる。

 ミナは幻術を十分に警戒しながら、リリウィを探した。

 油断なんてしていなかった。

 なのに。



「よそ見か?余裕だな」 



 突然、イッサクが、ミナの耳元で囁いた。

 ゾッとした。

 氷の海に突き落とされたように、ミナは血の気が引いた。

 煙の向こうに居たはずのイッサクが、背後に立っていたのだ。



 イッサクがミナの頭に手を伸ばしてくる。

 恐怖にかられたミナは、さっきのように魔力を暴走させることもできず、イッサクの手を払いのけようと、遮二無二腕を振り回すのがやっとだった。

 


 イッサクは難なくミナの左腕を掴み、肩を掴んだ。

 そして、口元を歪ませて「ハハッ」と酷薄な笑いをもらすと、無造作にミナの左腕を引きちぎってしまった。

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