第104話 童貞力は砕けない(2)
イッサクはミナを振り返った。
「時間がない。単刀直入に言うぞ。
お前の腹の中に邪神様が封印されている。
そのままだと、いつ吹っ飛んでもおかしくない」
やっと振り返ったイッサクの言葉に、ミナは一瞬眉を上げ、妖しく笑った。
「そうだったんだ。生理もないし、先王になにかされたとは思ってはいたけど」
「クズオヤジの嫌がらせもここに極まれりだ。
いま封印を解くから、おとなしくしてろよ」
イッサクは左手に深く傷をつけ、血を滴らせてミナへ歩み寄る。
だがミナは左手を腹に当て、魔法で生成した剣をイッサクに突きつけた。
「近寄らないで。これは私が殺すわ」
「……何を言っているか理解しているか?」
「もちろんわかっているわ。
この神はあなたに夢を見せた。
あなたは夢の中の女を追いかけて、私を見なくなった。
だから神を殺すの。あなたが夢みる女も殺すの。
あなたが見ていいのは、私だけなの」
ミナのあの目は、また自分のことしか見えていない目だ。
イッサクはギリと歯を鳴らした。
リリウィが聞いたという、ミナの「それは私じゃない」の意味がわかった。
公開セックスの狙いがわかった。
ミナから目をそらし続けてきたツケが、この土壇場で一気に押し寄せ、また間違えたと、イッサクは天を仰ぐ。
神殺しの力をもったミナなら邪神を殺し、新しい神を生むことができる。
自ら神になろうとしていた先王がいない今、新しく神の座につくのは誰か?
ミナだ。
図らずも、この公開セックスの会場は、そのリハーサルになっていた。
そこで繰り広げられたのは淫猥な女神の微笑みに、ただ見惚れ、恍惚とする人間が住まう世界。
ミナの痴態を見上げる者たちの顔は、青い屋根の館から溢れ出した朽ちた人間と同じで、そんな新しい世界に、イッサクは吐きそうになる。
イッサクは、世界がどうなってもなんとも思わない。
大陸が吹き飛んでも構わない。
だがあんな醜悪なものは認められない。
あんな腐った水槽のような世界が、ミナの生きる世界であっていいはずがない。
友人も恋人もいない孤独にミナを放り出すわけにはいかない。
だからイッサクはミナと正面から向き合い、ナマクラの剣を抜く。
「だったら力ずくだ」
「力ずく?あなたが?私に?」
次の瞬間、イッサクの喉が裂け、血しぶきが吹き上がった。
ステージ上が血で染まり、ミナが嗜虐の笑みを浮かべる。
イッサクは盛大にため息をつく。
「だから、お前のそういうところが嫌いなんだよ。
……本当に殺したくなる。
……いままで抑えてきたけど、仕方ないよな。
……でないと、おまえが。
だから、もうっ……殺してっ……いいよなぁっ!!」
するとイッサクの体に変化があり、それに気がついたミナが、おかしそうに声を上げた。
「あなた、ナニ大きくしているのよ?」
イッサクの股間が、パンパンに張っていたのだ。
スラックスのファスナーが弾け飛びそうなほど膨張していた。
ミナは剣を突きつけたまま、体を見せつけるように薄絹をひらめかせた。
「すごいじゃない。ラヴクラフトだって駄目だったのに。
私に欲情したの?
嬉しい。
いいわよ、ちょうどベッドもあるし、いまここで抱かれてあげても?
童貞のあなたが、ちゃんとできればだけど」
またミナがおかしそうに笑うと、イッサクも顔を隠すように俯いて笑った。
「野外公開セックスで童貞喪失なんて、おれはそんな低レベルな変態じゃねーよ」
「……っ」
それは寒気のするような低い声で、ミナは息を呑んだ。
公開セックスなんて、張本人であるミナですらバカバカしいと思っている。
そしてこれを低レベルだという、イッサクの本性を、変態性を、ミナはすで6年前に目の当たりにしている。
「知っての通り、俺の家系はクズだらけだ。
クズオヤジも、ジイさんも、まともなトキハですらあんなだ。
そして俺もクズの例外じゃあない」
そうしてミナに向けて開かれたイッサクの目の光が変わった。
鈍く白い輝きが一変して、黄色く淀み、血走り、その濁りのなかに、赤く黒い欲望がとぐろを巻いていた。
原始的な獣欲などではない、人間が人間に向ける非人間的な欲望がミナに向けられていた。
ミナは怖気で肌が粟立った。
震えがこあげてきた。
ドクンと胸が高鳴った。
イッサクの目は、6年前、ミナを殺そうとしたときの目だった。
「俺はとてもお粗末な欲望を抱えている。
春暁の館で死体の山を見ただろ?
奴らの首を切り落としながら、俺はナニを考えてたと思う?
怒り?憎しみ?後始末の方法?
ちがう。
楽しかった。気持ちよかった。
オフクロに手に掛けたときなんて、イッちまいそうだった。
それでも俺は満足してない。
だってお前がいるからだ。
初めて見たときから、キラキラしたお前を殺したくて、ずっとたまらなかったんだよ!」
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