第103話 童貞力は砕けない(1)

 ラヴクラフトはやはり退屈だ。

 触手に襲われながらミナは小さくため息をついた。



 ミナはイッサクを取り戻すために、世界中の人間の目を、自分に集めたかった。

 だからラヴクラフトの公開セックスのアイデイアに乗った。

 始めの手応えはなかなか良かった。

 公序良俗を度外視した荒唐無稽なイベントに、文字通り世界中の注目があつまった。

 しかし、足りない。



 肝心の本番で、ラヴクラフトは持ち前の平凡さを発揮し、使い物にならなくなった。

 ならばとミナはラヴクラフトに力を与えた。

 ラヴクラフトはミナという困難にどう立ち向かうのか。

 困難に立ち向かうとき、その人間の本性がよく現れる。



 ラヴクラフトは大きさと数を増やす選択をした。 

 得意なセックスが通用しないのであれば、その力を増せばいい。

 足りないなら増やせばいいという単純な考え。

 それは直線的な考え方で、予測可能で、意外性がなくて退屈だ。

 怪物になったインパクトなんて、ものの数分で賞味期限が切れてしまう。



 足りない。

 神を殺すには全然足りない。

 イッサクが夢見る女を殺すにはラヴクラフトでは、まったく足りない。



 ラヴクラフトのひときわ太い触手が、堕ちた女神を前に、まるで舌なめずりをするようにうねり、ゆっくり狙いを定めて迫ってくる。 



 殺そうか?



 ミナは極めて醒めた頭でそう考えた。

 もっと注目を集めなければならない。

 だったらこのまま怪物に陵辱されるよりも、ラヴクラフトが恋人の手で斬り殺されたほうが、劇的ではないか?


 

 うん、そうしよう。

 絵面も派手だし。



 ミナはデザートを選ぶようにそう決めると、触手に捕らえられていた両手を難なく引き抜き、巨大な触手を掴んだ。

 嗜虐が混じった笑みを浮かべ、派手に勢いよく、ラヴクラフトを引き裂こうとする。



「王命!一発芸人の出番はここまでだ!!」



 突如割り込んできた声と共に、触手たちが一瞬で砕け散り、ラブクラフトが元の姿に戻った。

 ミナの目の前に、イッサクが立ちはだかった。

 イッサクは目を鈍く光らせミナを睨む。

 その冷たい目に、ミナはブルと体を震わせ、おもわず笑みをこぼした。



「助けに来てくれたんだ」



「ラヴクラフトをな」



「ひどい。襲われていたのは私なのに」



「自作自演のくせに、よく言うぜ」



「そうしたほうが注目があつまるからよ。聞きたい?私がなんでそんな事を考えているか」



 ミナは自慢をしたい子供のように笑っている。

 だがイッサクはミナを無視して、気を失っているラヴクラフトを担ぎ上げ、ステージの外に放り投げた。

 下で待ち構えていたデスノスがラヴクラフトを受け止めると、イッサクはクイと指差す。

 デスノスはうなずくと、ラヴクラフトを抱えてその場から立ち去った。

 背中を向けているイッサクに、ミナはもう一度言う。



「ねえ、聞きたいでしょ?なんで私がこんな馬鹿なことをしているか、ねえ?」



「うるせえな。いまはお前の話なんざ、どうでもいいんだよ」



 心底鬱陶しそうに、顔をしかめるイッサク。

 いま会場では、デスノスや、ヒスイ、そしてトキハの手のものたちが、観客を避難させていて、イッサクはその進み具合を気にしていた。 



 リリウィは、ミナの腹の中に邪神様が封じられていると言った。

 ならば一刻も早く、ミナの腹から邪神様を開放しなければならない。

 神と神を殺すものがぶつかれば、大陸ごとすべてが吹き飛ぶ。

 もし大陸最強の剣士を相手に実力行使となれば、大広場は戦場さながらになる。



 避難誘導は順調だった。

 淫猥なミナに見惚れ、考えるのをやめていた観客たちは、催眠術にかかったように素直に誘導に従っている。



 イッサクは会場ばかりを気にしていて、ミナに振り向かない。

 自分をみてくれないイッサクに、ミナは泣きそうになった。

 それから顔に深い影を作った。



「やっぱり、あの女のせいだ」



================================================

 いつも読んでくださり、ありがとうございます。


 修正対応の件では、大変ご迷惑をおかけしました。

 ご助言、応援のコメントをたくさんいただき、本当にありがとうございます。


 作品全体を見直して、性行為と性器に関する表現を修正しております。

 結果、ミナの葛藤の表現が、やや弱くなってしまいましたが、物語全体のテンションは保てれているのでは、と愚考し期待しております。


 103話のタイトルでもおわかりの通り、物語はクライマックスに入りました。


 なんとか走りきれたらと思っております。


 是非、最後までお付き合いいただけますよう、よろしくおねがいします!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る