第88話 童貞の黒歴史は踊る(10)

 自分の女の働きに、満足に笑みを浮かべるラヴクラフト。

 そのにやけた顔に、心底うんざりした声を上げたのはトキハだった。



「相変わらず、そうやって女を言いなりにするしか能のない男ですね」



 ピンクと黒に塗り分けられた、ゴスとロリを煮込んだような女の嘲罵に、ラヴクラフトは眉をひそめる。



「どこかで、会ったかな?」



 トキハは黒に塗られた方の唇を歪めて笑った。



「覚えてない?それともセックスできなかった女は、お前にとって女じゃないとでもいいたの?」



 セックスできなかった。

 そうと聞いて、ラヴクラフトの顔に動揺が走った。

 ラヴクラフトとのセックスを拒んだ女は、過去に二人しかいない。



 ひとりはそこでヒスイに取り押さえられているリリウィ。

 もうひとりは、イッサクの妹、王女トキハ。

 言われてみれば、ピンクと黒の異形にあって、声と目元とは、ラヴクラフトを手痛くあしらったかつての女のものと同じだ。



「お、王女……殿下っ。亡くなったはずじゃ……」



「私を王女と呼ぶの?お兄様を殺そうとするお前が?」



 トキハが大口を開けて笑うと、ラヴクラフトは汗はダラダラ、足はガクブルになった。明らかにトキハを恐れている。

 トキハは顔を歪ませたまま、ラヴクラフトに一歩また一歩と近づいていく。

 そうして、ラヴクラフトの引きつった顔に手が届く距離で対峙すると、黒とピンクの顔から感情を消した。



「邪神像を渡しなさい。

 お前はそれを使うに値しません。

 言ったでしょう?

 セックスしか能のない凡俗に、私達と並んで立つ資格はありません」



 トキハは手を差し出すと、ラヴクラフトは銃を向けられたように怯え、2歩3歩と後ずさる。

 思いがけない光景に、イッサクは驚いた。  



「どういう関係なんだ、お前ら?」



「関係だなんて。ただ昔、ちょっとお説教を。そうよね、お前?」



 黒に縁取られた瞳が笑うと、ラヴクラフトは何を思い出したのか、みるみる顔を青くする。

 絶対ただのお説教のはずがない。



「(血だなぁ)」



 自分のことを棚に上げて、心中で嘆息する。

 それにしても、ラヴクラフトがトキハに手を出そうとしていたのは知っていたが、まさかこんな事になっているとは。



 彼奴のイッサクへの対抗心と王家に対する敵愾心は、トキハにも起因しているのかもしれない。

 ちゃんとフォローしていなかった己の不明に、イッサクはガリガリと頭をかく。



「ミナ!ぼ、僕を守るんだ!!そうすれば、あとで思い切り可愛がってやる」



 ラヴクラフトは抱いていたミナを、トキハとイッサクの前に突き出した。



「あ……」



 尻からラヴクラフトの手がはなれ、快感を取り上げられたミナは思わず振り返る。

 だが、目の前にイッサクやトキハなどが見ていることを思い出して、顔を恥で赤くし、うつむいてしまう。

 ミナの情けない様のに、トキハはため息をついた。



「ねえ、お義姉さま。さっきお兄様の妻だと大見栄きっていたけど、あれなんだったの?」



 ミナは肩を震わせるも、トキハの顔を見ることができない。

 トキハは続ける。



「私、あなたにこんな体にされましたけど、実のところそんなに怒ってないのです。お兄様への愛の重さを評価していたぐらいなのに。

 でも違った。

 あなたが愛しているのは自分だけなんですね。



 あなたは、私を殺そうとしたように、邪魔な女は全員殺そうとするのに、自分を気持ちよくしてくれる男は、不倫だろうがなんだろうが手放そうとしない。

 結局あなたは、自分だけが幸せならそれでいいのです。

 女神と讃えられながら、その仮面の下で快楽を貪っているのです。



 なのにそれをおくびにも出さず、まるで悲劇のヒロイン気取りで、お兄様への愛を口にするなんて、なんいう恥知らず。

 なんという醜い女なのでしょう。ねえ、お義姉さま?」



 トキハは優しい声で、穏やかに語っている。

 だがそこに込められた毒は、聞く者すべてを戦慄させた。

 まして、それを直接向けられているミナにとっては猛毒だった。

 トキハは、6年前、ミナに切りつけられたとき以上の苦痛を、いまミナの心に刻んでいた。

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