第87話 童貞の黒歴史は踊る(9)

「まじかー……」



 ミナの規格外の力に、イッサクは呆然とアホ面を晒した。

 いまのは精神干渉と炎の加護のあわせ技だろうか。

 それは人間を意のままに操るだけにとどまらなかった。

 ミナは死体の群れに「燃えてしまえ」と命じ、死体の群れはそのとおりに消し炭にされた。 

 人間の状態そのものを書き換えてしまった。

 これが神殺しの力だと言うなら、常軌を逸している。



「お前、こえーよ」



 イッサクは冷や汗をにじませていると、ミナが手をしっかり握り直して、顔を近づけてきた。



「……なに?」



「キス」



「まだ終わってないだろ」



 イッサクはミナの手をふりほどく。

 暗闇に慣れてきた目の端で、何かがかすかに光った。

 死体の消し炭のなかを見ると、それは片手でつかめる程度の大きさの、ワニと羊を合成したような異形の顔をした石像だった。



「邪神像ゲットだぜ」



 イッサクはほうっと息をつき、後ろにいるリリウィに振り返った。 



「おーい、あとはお前が………」



 だが、イッサクはぎくりとして固まった。

 手に持っている邪神像の感触がなんだかおかしい。

 石像を握っているはずなのに、まるで枯れ木のようだ。



「ジャスト1分、いい夢は見れた?」



 リリウィが両目を怪しく輝かせて笑った。



「!?」



 まさかと慌てて見てみると、邪神像だと思って握っていたのは、黒ずんだ人骨だった。

 邪神像はどこに?

 すると、ミナがすっとイッサクから離れていく。

 その手に邪神像をしっかりと抱いている。

 イッサクはリリウィに幻覚を見せられていたのだ。



「1分って……どこからだ!?」



「さーて、どこからでしょう?」



 リリウィがにやにやと笑っている。

 イッサクはわなわなと震え、床に骨を投げ捨てた。



「お前ら!それはチートだ!チーターだ!!」



 リリウィはべぇと舌を見せると、ミナに駆け寄る。



「うまくいったじゃん!」



 リリウィはミナに抱きついてはしゃぐ。

 ミナは困ったような顔をして、言った。



「これで私の体は」



「うん。ヨーちゃんならきっと……」



 だがリリウィはミナが持つ邪神像を覗き込んで、首をかしげた。

 それからイッサクを振り向いた。



「ねぇ!」



「んだよ?」



「これ本物?」



「はあ?」



 横取りしといて、いちゃもんつけるとは何なんだと、イッサクが頭をガリガリかきむしり近寄ろうとすると、いきなり鼻っ面に剣先が突きつけられた。



「それ以上近寄らないで」



 ミナが邪神像をしっかりと抱いて、イッサクを威嚇してくる。

 イッサクは怒鳴りたいのぐっとこらえて、大きく息を吐く。



「リリウィはともかく、お前がそんなもん、どうしようってんだ」



「何だっていいでしょう。それで、これは本物なの?偽物なの?」



 ミナが邪神像をイッサクに突き出した。

 リリウィが横からスマホのライトを当てる。

 オレンジの闇の中に照らし出された不細工な顔に、イッサクは鼻を鳴らして言った。



「本物だ。代々の王が祀っていた邪神像だ。間違いない」 



「ふーん、そう……」



 リリウィはなにか納得がいかないのか、しきりに邪神像を指でつついている。

 こうなれば、力ずくで邪神像を奪還するか。

 イッサクがナマクラの剣に手をかけたとき、ミナの背後に人影が立った。



「ミナ、僕にそれを渡すんだ」



 ラヴクラフトがミナの腰に手を回して抱き寄せて言った。



「いやっ、ちょっと離して……」



 ミナはラヴクラフトから逃れようとするが、密着した腰から伝わる熱さ、執拗に尻を撫でる手、飢えた獣のような貪欲な瞳に、ミナの体は反応し熱くなってしまった。



 ラヴクラフトは、口の端を満足気に歪めると、ミナの手から邪神像を奪った。

 リリウィが、ラヴクラフトに突っかかろうとしたが、後ろからヒスイに羽交い締めされてしまう。



「あの子はあんたの友達でしょ?いいの?あれで!?」



 リリウィは振り返り訴えるが、ヒスイは唇を噛み締めながらも力を緩めない。

 デスノスがラヴクラフトに迫ろうとすると、ヒスイは冷たく言った。



「動かないで!さもないと、今後一切口をききませんから!」



 それだけで、デスノスの巨躯を棒立ちにさせるのには十分だった。

 デスノスは泣きそうな顔になり、ヒスイとイッサクとを見るのが精一杯だった。

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