第77話 元妻 vs 若い恋人(5)

 ミナの手が、悪魔を殺すようにリリウィの首に食い込む。

 だがリリウィは、ミナ顔を優しくなでて、涙を流した。

 ミナは意表を突かれたが、それでもリリウィの首から手を離さない。

 リリウィはかすれた声で呻いた。



「あんた……、体を……」



 その一言だけで、ミナは目を見開き、顔が青ざめた。

 慌ててリリウィの首から手を離し、飛び退いた。



 リリウィの中で、やっとミナという女の像がはっきり見えた。

 ミナの心と身体がバラバラだという印象は正しかった。

 そしてその理由を知って、リリウィは涙を止められなかった。



「マジでごめん」



「……」



「さっきあんたに言ったこと、全部取り消す。ほんとごめん」



「……なにを、見たの?」



「あんたが初めてその指輪をつけた日の夜のことを」



「!!」



 ミナの顔にくっきりと恐怖が浮かび上がった。

 5年前、イッサクと結婚した日の夜!

 思い出すだけで、ミナは泥水に突き落とされたように惨めになる。

 リリウィが何をしたのかはわからない。

 どんなに調べを尽くしても、5年前の夜などと特定できるはずがない。



 だが、すでに問題はそこではない。

 あの夜のことは、誰も知らないはずで、誰にも知られてはいけないことだ。

 知られたからには生かしてはおけない。

 万が一イッサクに知られたら、ミナは生きてはいけない。



 ミナは立てかけられていた剣を手に取った。

 そして一切ためらいなく、床に座るリリウィを叩き切った。



 ミナの剣はリリウィの胴体を左肩から斜めに真っ二つに切り裂き、吹き上がった血しぶきが、天井から血の雨を降らせる。

 切り離された上半身がゴロンと床に転がった。

 リリウィの首がゆっくりとミナを向き、口が動いた。



「ヨーちゃんなら、あんたを治せるかもしれない」



「!?」



 そう言ったリリウィの体は元に戻っていた。

 血の雨もやんでいた。

 いや、部屋に血の跡などまったくなかった。

 リリウィは立ち上がり、倒れていた椅子を直して腰を下ろして、何もごともなかったように静かにミナを見上げる。



 恐怖に駆られたミナが再び剣を振り上げる。

 だが自分の手にあるものを見て愕然とした。

 剣だと思って握っていたのは、ただのスプーンだった。

 リリウィが、白い引き出物のカップに口をつけ、優しく、そして寂しげに言う。



「いい夢は見れた……は、おかしいか。あんたはずっとイッサクの夢を見ているのにね」



 握っていたスプーンが冷えた音を立てて床に転がり、ミナは力なく椅子に落ちる。

 それから両手をゆっくりと開いて閉じてを繰り返しながらリリウィに聞いた。



「これは、あのときの幻覚……。その力で私の記憶を。あなた何者?」



「あんたの類友」



 リリウィは左腕に繋がれてる鎖を鳴らして微笑んだ。

 ミナは耳障りな音を避けるように、目を膝の上に落とすと、小さな声で聞いた。



「私の体が治るかもって、どういうこと?」



「邪神様って知ってる?」



 ミナは顔上げ、それから調理台の前に貼られたイッサクの写真をみる。



「代々王家が祀っていると聞いたことがあるぐらいだけど」



「それうちの友達なんよ。まー、うちが最低なことをしたから、絶交状態なんだけど」



「?」



 話が飲み込めずに、首をかしげているミナを、リリウィは真面目な顔で見ていった。



「5年前の、あんたがイッサクとの結婚した日の夜。

 あんたは前の国王に呪いをかけられ、そんな体にされてしまった。

 あってる?」



「ええ。イッサクの父親の言葉で言えば、あの夜、私は快楽人形にされて、犯された。

 どんなに心を強くしても、どんなに忌み嫌う男だろうと、私の体は求められただけで、強烈な快楽に焼かれてしまうようになった」



 ミナは目を固く閉じ、左の薬指を強く握った。

 リリウィは部屋中に貼られたイッサクの写真を見渡した。



「だからあんたは心だけは守ろうとして、こうして人生のすべてをイッサクで埋め尽くした」



「でもイッサクは私と別れたがっている。

 離婚が成立すれば、いまの偽物の繋がりすらなくなってしまう。

 仕方がないわよね。

 誰だって汚れた女と一緒にいたいとは思わない。

 私には、はじめからイッサクと一緒にいる価値なんてなかったのよ」



 リリウィは立ち上がり、いまにも消えてしまいそうにうつむくミナの手を握った。



「ヨーちゃんならきっと治してくれる!さっき言ってたうちの友達。邪神様!」



「それがどうして私の体を?」



「だってあんたにかけられた呪いの源はヨーちゃんなんだから。

 王族はヨーちゃんの力で好き勝手やってきた。

 それにあんたの中で確かにヨーちゃんの気配がしたし。

 イッサクがヨーちゃんを見つけたら治してもらえばいいのよ」



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