第78話 元妻 vs 若い恋人(6)

 するとミナは小さく、だが激しく首を横に振った。



「それは、ダメ」



「なんでよ?」



「イッサクを裏切り続けてきたのに、そのうえ助けられるなんて、それじゃあ慈悲と庇護を与えられる民衆と同じじゃない。

 私はイッサクの妻でいたいの。対等じゃなければ意味がないのよ」



 肩をこわばらせてうつむくミナに、リリウィは子供をあやすように優しい声で言った。



「だったら横取りしよう」



「え?」



「イッサクがヨーちゃんを見つけたところを、横からぶん取るの。

 それならイッサクに助けてもらうことにならないっしょ?

 あんたイッサクより強いんだし、ヨユーヨユー」



 リリウィは悪巧みを楽しむように笑った。

 その不敵な顔に、ミナは何度も瞬きをする。



「あなたはイッサクの味方なんじゃないの?私や他の女を邪魔に思わないの?」



「世の中、あんたみたいに独占欲が振り切れているのばっかじゃないし。

 うちは、あの男と一緒に死ねたらそれでいいの。それに……」



 リリウィがミナの顔を、じっと覗き込む。

 その目の光の柔らかさに、ミナは引き込まれてしまう。



「やっぱり、あんたは他人に思えない。ほっておけない。

 娘や孫を世話をするのってこんな感じなのかな?」



「はあ?」



 エロゲに出てきそうな、派手な制服を着た女子高校生に孫と言われ、ミナは頓狂な声をあげる。

 リリウィは立ち上がって、ミナに右手を差し出した。



「ね、やろ?うちも手伝うからさ?」



 リリウィの申し出に、ミナの理性は猜疑の声を上げていた。

 ミナはリリウィのことを何も知らないだけでなく、勝手に記憶を覗かれ、幻覚を見せられ騙されたのだ。

 しくじれば、即イッサクを失うことになる。

 信用できない女に、ミナの全てであるイッサクを賭けることなどできるはずがなかった。



 しかし、それなのに、ミナの右手はリリウィと握手をしていた。

 自分の思わぬ行動に、ミナは目を見張った。

 まるで理性が結論を出すよりも早く、体が独自に判断して動いた、そんな感覚だった。



 またリリウィになにかされたのかと不安になった。

 しかしリリウィは悪戯をする仲間を得たように笑っている。

 その笑顔を見ていると、ミナの腹の底があたたかくなり、不安と疑念がゆっくり消えていった。

 そしてミナも、リリウィの手を離そうは思わなかった。

 ミナはきゅっと唇を結ぶと、力強くリリウィの手を握り直した。



「条件があるわ」



「なに?」



「イッサクの童貞は譲らないわよ」



 リリウィはこれ以上ないほど口をあけてミナを見て、それから声を出して笑った。

 ミナは大真面目な顔で、そして不服そうに僅かに頬を膨らませた。






 ピピピピ……



 ガラクタの山の中からミナの携帯が鳴った。



「私です。……なんですってっ?」



 悲鳴にも似た声に、リリウィが振り返った。

 通話を終えて携帯を握るミナの手が震えている。



「どしたん?」



「イッサクが逃げたわ」



 ミナの顔は、婚約の日の夜の記憶をリリウィに見られたときと同じように、恐れで強張っている。



「どこへ行ったかはわかってるんでしょ?」



 ミナは答えることが苦痛であるかのように、声を絞り出す。



「春暁の館。5年前、私が呪いをかけられた場所よ。

 でもいまさらどうして……。あそこを封印したのはイッサクなのに」



「そこにヨーちゃんがいるからじゃね?」



「!」



 リリウィがいうと、ミナの震えが大きくなった。

 春暁の館は忌まわしい記憶そのものだ。

 思い出すことも辛いし、近づくなどもってのほかだ。

 なによりイッサクにあの夜のことが知られることが恐ろしかった。

 怯えているミナを見て、リリウィは明るい声で言う。



「イッサクなら大丈夫よ。あの男は、そういうこと気にしないし」



 リリウィは自信をもって断言するので、ミナは驚いて振り向く。



「どうして、そんなにはっきり言えるの?」



「うちがあの男を知っていて、あの男もうちを知っているから」



 リリウィは左腕の鎖をジャラと鳴らして自慢するように笑う。その笑顔には、イッサクへの深い信頼が見て取れた。



 ミナが握っていた携帯にピシッとヒビが走った。

 ミナの嫉妬と負けず嫌いに火がついた。

 他の女が自分よりもイッサクのことを理解していることに、我慢ならなかった。



「着替えてくる。1時間待ってて」



「なんでそんなにかかるのよ!?」



「イッサクに会うんだから、あたりまえじゃない」  



 リリウィは目を瞬かせて、ため息をついて聞いた。



「ちなみになんだけどさ、イッサクのどこがそんなに好きなの?」



 ミナはわずかに目を泳がせ、恥ずかしそうに言う。



「とても怖いところ……かな」



 そうして、ミナはそのまま部屋の奥へと行ってしまった。



「……そういう趣味?」



 リリウィは、椅子に座り直すと、マグカップの底に残っていたぬるい紅茶を一気に飲み干して、大きくため息をついた。

 それから、なにげなくブレザーの襟を直していると、襟の裏で、何かが指先に当たった。

 つまんでみてみると、それは5ミリ四方ほどで、小さなマイクのように見えた。

 リリウィはじっとそれを睨んでいたが、何も見なかったように、もう一度襟の裏には貼り付けなおした。そしてイタズラを思いついた小悪魔のようにわずかに笑った。



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 いつも読んでくださり、ありがとうございます。

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 作品フォローが500を超えました!

 たくさんのレビューとコメントもいただきました!


 本当にありがとうございます!


 レビューとコメントは、どれも、ちゃんと読んでくださっているのがわかるものばかりで、本当に嬉しいです。

 そしてどれも鋭い考察ばかりで、若干顔が青くなってもいますが……。

 伏線を張るのって難しいですね……。


 

 皆さまのご期待に応えられますよう、がんばって終わらせますので、ぜひ最後までお付き合いいただけますよう、よろしくおねがいします。


 

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