第76話 元妻 vs 若い恋人(4)
リリウィの問いかけに、力ないミナの目がみるみる見開かれ、ふるえ、血走っていく。
リリウィは部屋を見回して言った。
「だってこの部屋おかしいもん。
写真にしても、マグカップにしても、まるでイッサクのことが好きだって、自分に無理やり暗示をかけてるみたいじゃん。
それにやっていることも変よ。
あんたって、いまこの国で一番忙しいんでしょ?
なのにイッサクの世話まで自分でやるだなんて、なんでよ?
責任感?強迫観念?
まるで誰かにやらされてるみたい」
「ちがう。こうでもしないと、あの人が消えてしまいそうだからよ」
ミナは小さくかぶりを振っているが、リリウィはかまわず続ける。
「イッサクのことなんて好きでもなんでもないんでしょ?
だから平気で裏切り続けられるんでしょ?
イッサクの目の前で他の男に抱かれてるんでしょ?」
「やめてっ」
「ああ、でも義務で夫婦をしているなら、裏切りとはいわないのか。
イッサクもそのあたりは理解してるのかな。
恋愛と結婚は違うって言ってたし。
あの男があんたに興味がないのは、そういうことっしょ。
まあ無理やり結婚させられたあんたも被害者だし、だから離婚してあんたを……」
「うるさい!うるさい!うるさい!!!」
ミナが、突如、リリウィに飛びかかった。
押し倒し、両手で首を締め上げて、叫んだ。
「私はイッサクを愛している。誰がなんと言おうとも、絶対に、絶対に、絶対に!!」
「またまたぁ。本当はイッサクの生首を枕にして、ラヴクラフトに抱かれたいんじゃね?」
「黙れー!!!」
ミナの手に血管が浮き出て、激痛と恐怖がリリイウィを襲う。
だがリリウィは笑った。
ぼやけていたミナという女にピントが合っていく。
秘められた不条理が浮かび上がってくる。
もうすこしで、このいびつな女の核に触れることができる。
リリウィはミナの左手を掴んだ。
すると、いきなり手にバチッと電気のようなショックが走った。
それはイッサクの左の薬指に触れたときと同じショックで、あの時と同様、神落としの力が強制的に立ち上がってきた。
リリウィは大いに戸惑い、焦った。
なぜこのタイミングで?
触れたのはイッサクではないのに?
神落としの力は無理やりリリウィを超感応の恍惚へと追いやろうとうする。
イッサクを襲おうとした、あのときと同じことを繰り返させようとする。
「そう何度もっ!」
リリウィは歯を食いしばり、イッサクの顔を思い浮かべた。
イッサクの中にあった黒く赤く熱く重い塊を思い出し、リリウィを恐れさせ、近寄らせなかった恐怖を心のうちに蘇らせた。
それだけでリリウィの心は震え、神落としの恍惚が一瞬で色あせた。
リリウィの目が力強く輝き始める。
そとのとき、ひとりの少女の影が目の前をよぎった。
「ヨーちゃん!?」
リリウィは咄嗟に叫んだ。
一瞬だが、かつて裏切った友人の姿が、おぼろげながらも確かに見えた。
しかし少女の影は、水に垂らした墨のように消え、入れ替わるようにして、大量のイメージがリリウィへと流れ込んできた。
それは羞恥と困惑。怒りと恐怖。絶望と悲嘆。
暗い部屋、年老いた男の卑しい笑いと生臭い息。
下腹を貫く痛みと、脳が焼ききれそうな快楽。
それらは記録にしては生々しく、記憶というには冷たく、そして思い出と呼ぶにはあまりに醜くかった。
どこから流れ込んできたのか?
ミナだ。
神落としの超感応によって、ミナに心と身体に刻まれた傷がイメージとなって流れ込んできていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます