第70話 黒とピンクでゴスとロリを煮込んだような女(3)
イッサクは頭をガリガリと掻きむしると、身を乗り出して反論し始めた。
「俺が王に戻るなんてありえない。
この選挙で王政廃絶を掲げるラヴクラフトが勝つのはほぼ決まりだ。
なにせミナがついているんだから、覆しようがない。
もし仮に、俺が邪神様の力で王の座に戻ったとしても、国民たちが黙っちゃいない。
強権で押さえつけたら、国は弱体化し、諸外国につけいる機会を与え、戦争となれば敗北は必至。
俺は真の王どころか、国を滅ぼす愚者だ。
だから、このままミナとラヴクラフトの民主制にまかせておくほうがいいんだよ」
対するトキハは手を膝において胸を張り、細い体全部を震わせて声を響かせた。
「お兄様こそ現状を正しく見ておられません。
この選挙は、民主制への一歩のように見えますが、実際は違います。
なぜなら共和党の支持者は、自ら道を求めようとしません。考えようとしません。
彼らが見ているのはミナです。
ただただミナを信仰し、盲従し、恩恵に群がるだけの、笛の音に乗せられて群れ歩くネズミと同じです。
笛吹きがいなくなればどうなるでしょうか?
絶大な力を持つとはいえ、ミナも死の前には無力であり、ミナが死ねば、その穴は誰にも埋めることはできません。
ミナの命運が尽きるとき、この国の命運も尽きてしまいます。
私達には不滅の王が必要です。国民のため、お兄様は玉座に戻らなければならないのです」
トキハの弁舌は突風のようであり、イッサクに反論はおろか息すらさせなかった。
そして、それはイッサクの盲点を突いていた。
ミナは女神のごとく国を守護するが、女神のように永遠にはあり続けられない。
こんなあたりまえのことを、イッサクは見ていなかった。
ミナはイッサクが死んだ後も、ずっと存在しているのだと、どこかで思い込んでいた。
トキハは見透かすように笑みを浮かべる。
「悪い癖ですよ。ミナのこととなると、すぐ目をそらしてしまいますからね。お兄様は」
イッサクは苦り切って舌打ちする。
トキハはクスと笑うと、目を鋭くして言った。
「たとえば、お兄様はミナの実家のことをご存知ですか?」
「……そりゃあ……な。身辺は何度も洗ったし、両親とは式で一度挨拶しているから……」
いまさら何を聞くのかと、イッサクは警戒する。
トキハの目が更に鋭くなった。
「では、ミナが養子だということは?」
「え?」
「今から10年前。ミナは12歳のときに今の両親に引き取られています。
わたくし自ら、関係者の口を割らせましたから、間違いありません」
イッサクは大げさな手振りを付けて首を横に振った。
「いやいやいやいや。
あいつと離婚のために、どれだけ書類を漁ったと思っているんだ。
俺はあいつの、出生時の診断書、遺伝子の記録、役所への届け、親の納税記録から、はては小学校の卒業文集から、家族のアルバムまで調べたんだぞ?」
「ストーカーみたいだな、おまえ」
デスノスに若干距離をとられ、イッサクは狼狽したが、ごまかすようにテーブルを叩いて言った。
「とにかくだ。婚約前のあいつに関するの書類は全部本物で、どんな小さな矛盾もなかった。あいつが養子だったなんて証拠はない」
だがトキハは不敵に笑う。
「それはそうでしょう。ミナの経歴の改ざんを行ったのは、王家なのですから」
「なんだって?」
「普段のお兄様なら、こんな改ざん、簡単に見破ったでしょうに、ミナのこととなると、興味がないと言って目をつむってしまう。
だから、書類の確認以上のことをしようとしなかったんですわ」
そうしてトキハはおかしそうに、声を上げて笑った。
対してイッサクは、一敗地に塗れたように、顔に手を当てがっくりと項垂れた。
それから笑うトキハを、見上げて聞いた。
「……ミナは、今の両親に引き取られる前、どこにいた?」
「それは、すでに私が述べるまでもないことしょう?」
トキハの顔を、イッサクは鈍く光る目で見やると、わざと陽気にして言った。
「そうだな。それに、いまさらミナの過去を気にしてもしょうがない。
どのみち選挙の大勢は決し、王家廃絶の流れは止められんのだからからな」
「果たしてそうでしょうか?」
トキハは含みのある笑顔を浮かべると、スカートの下からスマホを取り出してイッサクの前においた。スマホの画面にはニュース番組が映っていた。
「これは?」
「現在放送中の番組です。今日はこの話題でどのメディアも持ちきりなんですよ」
「?」
イッサクは怪訝にスマホを覗き込む。デスノスも首を突き出してきた。
番組ではコメンテーターたちが何やら激しくやりあっている。
全員、政治に詳しい者たちだ。
司会が「ではもう一度画像をご覧ください」といって画面が切り替わる。
スマホの画面いっぱいに写し出された画像に、イッサクとデスノスは「なんだこりゃ!?」と口をあんぐりとあけた。
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