第69話 黒とピンクでゴスとロリを煮込んだような女(2)

 イッサクは、トキハが淹れた緑茶に口をつけ、二人に聞いた。



「お前たち、どうやってここに来たんだ?」



「俺はここを監視している連中に泣きつかれたのだ。

 お前に復讐されるから、代わりに見てきてくれとな」



「復讐?」



 デスノスは天井を指差す。



「カメラに向かってすごい形相をしてみせたそうじゃないか。あやつら、絶対お前に殺されるといって怯えておったぞ」



「ええ……」



 親愛の念を込めた渾身の作り笑顔だったのに。慣れないことはするものではないと、イッサクは地味に落ち込こみ、そしてデスノスを不満げに見た。



「どうしてお前は現場の男どもから慕われる?見た目は俺の10倍はいかついのに」



 するとトキハが笑った。



「王城の殿方たち全員が、ラヴクラフトを嫌っているからでしょうね」 



「ああ……」



 別にラヴクラフトが、男性職員をないがしろにしているわけではない。

 上司としての振る舞いは十分及第点だが、ただ、女性職員への接し方が異常なのだ。



 どの女性に対しても、まるで恋人のように接するので、どうしても男性職員との扱いの差が目についてしまう。

 それに目に止まった女性をことごとく手篭めにしているのだから、男性職員達から敵意を買うのは当然だ。

 そして、その裏返しとして、嫁に逃げられながらも、面倒見のいいデスノスが慕われていた。



「そういうお前は、男女関係なく異様なほど嫌われとるな。なにをしでかした?」



「覚えがあるような、無いような……」



 イッサクがぼんやり言うと、トキハが薄い笑みで言う。



「だってお兄様は名実ともに最悪の王ですからね」



 イッサクもほんのわずかに、薄い笑みを浮かべ、二人はクククと笑い合う。

 二人がなにを語っているのか、デスノスは知らない。

 だがデスノスが望めば、二人は語ってくれるだろう。

 そしてデスノスは、闇の中に引きずりこまれてしまう。

 だからデスノスは口をつぐんだ。まだその覚悟がなかった。


 イッサクは緑茶を飲み干し、空になった湯呑をトキハに渡す。



「なんで戻ってきた?せっかくクズたちと縁が切れたのに」



 トキハは湯呑を受け取ると、急須の中身を覗きながら答えた。



「邪神像を探しに来ました」



「!」



 デスノスがイッサクの顔を見る。

 イッサクは憮然として言った。



「あんな物に、お前がいまさら興味を持つなんてな」



 トキハは湯呑に茶を注ぎ、イッサクの前に置くと、背を正した。

 黒とピンクでゴスとロリを煮込んだような格好にも関わらず、トキハの姿には静止した湖面のような緊張感があった。



「お兄様、悪魔と取引をされましたわね?」



 イッサクの眉が僅かに動いた。

 デスノスがイッサクとトキハを交互に見て聞いた。



「悪魔とのとりひきとは一体何だ?」



 イッサクは答えず、二人から目をそらす。

 代わりにとばかりに、トキハが説明した。



「創世神話の三柱の末弟、虚ろな悪魔ヴァ。

 お兄様はその悪魔に対価を支払って、なにかしらの利益を得ています。

 デスノス、貴方はお兄様の奇妙な行動を見たことがありませんか?

 ギャンブルに入れ込んでいたとか、見ず知らずの女に貢いでいたとか」



 デスノスは思い出した。



「そういえば、お前がGGレアだとか騒いでおったゲーム。あれのことか!?」



 イッサクは目をそらして、トキハに聞いた。



「なんで気づいた?」



「王都にあるクソジジイの蔵が開けられましたから」



 トキハは正面からイッサクを見据えている。

 イッサクは気まずくなって更に首をひねるが、そのひねくれた首を、デスノスが両手で掴んだ。



「おいイッサク答えろ!あのゲームの対価は何なのだ!?まさか命とかいうわけではあるまいな!」



「痛い痛いイタイ!体のいくつかを、持っていかれただけだよ」



「あちこちって……、具体的には?」



「知らん」



「おいっ!」



「大丈夫だって。すぐには死なんよ」



「……」



 デスノスは沈むようにソファに背をもたれさた。

 呆然としているデスノスに、イッサクは気まずそうに指先で頭を掻いた。

 トキハは右側の黒く縁取られた目を吊り上げた。



「本当に悪魔への対価はそれだけですか?」



「……そうだけど」



「本当に?」



 黒く縁取られた目に見据えられ、イッサクは目をそらす。



「本当だ。なんで疑う?」



「お兄様のなさることが、そんな常識的なはず無いですから」



「そんな格好をしているやつに常識を語られてもなぁ。

 あれを手に入れて何をするつもりだ?」



「お兄様を真の王として、永久に君臨させたいのです」



 イッサクはきょとんとし、それから、やれやれと首を振った。



「あのなあ。王族は俺で最後だ。世継ぎもないし、作らない。

 それなのに永久の王政なんて何を言っている」



 トキハは黒く縁取られた右目を釣り上げて、不敵に笑った。



「違いますよ。私はお兄様を永久の王としたいのです」



「人間様に、永久に生きるなんて芸当はできないんだが?」



「お兄様には人間をやめていただきます」



「は?」



「邪神像の力があれば容易いことです」



 冗談が歩いているようなトキハの姿かたちのなかで、黒く太く縁取られた目は笑っていなかった。

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