第56話 イチャつく童貞、キレた元嫁を走らす(4)

 ミナと目が合ったイッサクは、まっさきに逃げ出した。

 デスノスとヒスイも後を追う。



「ヒスイ、お前は向こう側だろ!?」



「だって、目の前に現れたと思ったら急に襲ってきて!」 



 イッサクとヒスイが大声で言い合っていると、リリウィの勘がまたピンときた。



「気がついたんじゃない?あんたたちがうちの目の前でやろうとしたこと」



 イッサクとヒスイは顔を見合わせ、天を仰いだ。



「ああっ、ミナなら……」



「俺は被害者だ!!」 



 デスノスだけが何のことかわからずに、二人の顔を見比べているので、イッサクが言ってやる。



「逃げ切れたら教えてやるよ」



 だが、どうすればミナから逃れられるか。

 このままでは追い詰められるのは時間の問題だ。



「つーか、なんであいつはあんなにキレてるんだ!?」



「うちがあんたに、くっついているからっしょ」



「だから、それの何が気に食わない?」



 イッサクがあまりに真面目にわかっていないので、抱きかかえられているリリウィも、デスノスも、ヒスイも驚いてイッサクをまじまじと見てしまう。



「な、なんだよ」



 3人に可哀想な動物を見るような視線を向けられ怯むイッサクに、デスノスが言った。



「おまえ、本気で言っとるのか?」



「何が?」



「夫が目の前で他の女といちゃついとったら、そら気に食わんだろ」



「お前がそれをいうか!?」



 デスノスのこの言葉を、ヒスイがどんな顔で聞いているのか、イッサクは恐ろしくて振り返れない。するとそのヒスイが言った。



「浮気されたら殺したくなります。それに私と違って、ミナはまだあなたのことが好きなんですよ?私と違って」



 ヒスイは大事なことなので二度繰り返した。

 これをデスノスがどんな顔で聞いているのか、イッサクにはそれは容易く想像がついたのでわざわざ振り返らない。

 そんなことよりもヒスイの言葉が聞き捨てならなかった。



「ヒスイ、いまなんて言った?」



「ミナはあなたが好きだと言ったんです」



「誰が誰をだって?」



「ミナが、あなたをです」



「まさか!」



 イッサクは笑い飛ばした。ヘラヘラとではなく、強い確信を持って。



「あいつが俺を好きになる理由がどこにある?

 恋人と無理やり引き離されて、腹黒い大人たちに利用され、俺にボコられて、挙句にはクズオヤジに……」



 そこでイッサクは口をつぐんだ。それから意識して息を整えてから、改めて言った。



「とにかく、あいつには俺を恨みこそすれ、好きになるようなことなんて何一つない」



 イッサクは自分で事実を確認するようにはっきり言い切る。



「でもあの人、マジであんたのこと好きよ。ちょっとおかしいぐらいに」



 イッサクは驚いてリリウィを見る。

 リリウィがミナと出会ったのはつい十数分前だというのに、リリウィは自信を持ってイッサクを見ている。

 その冗談も笑いもない目に、イッサクは一種異様なものを感じ、笑い飛ばすことができなかった。



「そういえば、お前さっきからミナのことで妙に勘が冴えてるな」



「なんとなくね。あのひと、私の類友だわ」



 類友。

 リリウィは王族によって作られた神落としだ。

 その類友とは、やはりミナもリリウィ同様、王族によって作られた人間ということか。



「やっぱり俺はあいつに恨まれることしかしてねー」



 ミナに憎からず思われているなんてこと、イッサクは信じない。

 しかし、それならミナがこんなにもキレているなぜなのか。

 デスノスやヒスイ、リリウィのいうことが正しいというのか。

 イッサクは急に立ち止まった。



「逃げるのヤメ!ここでやるぞ」



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