第55話 イチャつく童貞、キレた元嫁を走らす(3)
ミナの姿をひと目して、イッサクは総毛立ち、リリウィを抱えたまま全力で逃げ出した。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい!!あれはヤバい!」
「あんな鎧、どっから出したんだろ?」
「魔法で編んでるんだよー!」
「もしかしてキレてる?」
「ブチギレだ。いったい何が気に触ったんだ!?」
「愛人とのセックスを見られたからとか?」
「いまさらだ!」
「だったら、うちが気に入らないのかな?ね、見て見て?」
「ああっ?」
イッサクが息を切らせて振り向くと、リリウィは無防備なイッサクの唇にキスをし、背後のミナにニタリと笑ってみせた。
途端に、ミナは目を剥き、殺気を爆発させ、ミサイルのように二人を追い始めた。
「ビンゴ〜♪」
「お前!頼むから、マジでそういうことはやめてください!」
叫ぶイッサクに、リリウィはケラケラと笑っている。
イッサクは一目散に路地へと飛び込んだ。
路地からさらに細い路地、裏道、抜け道と、王城を逃げ出してからの3ヶ月で覚えた道を無我夢中で走った。
「どこにいくの?」
「身をっ、隠せるっ、場所っ!」
晩秋の夜明け前にもかかわらず、イッサクは汗だにくなりながら、すこし広い道へ出た。
ここを渡れば女主人の店は目と鼻の先だと、ほんのわずか緊張感が和らいだ時、リリウィが空を見上げた。
「あ、来る」
「なにがって……、ひとつしかねーよなー!!」
イッサクは慌てて回れ右して、また路地に引き返す。
女主人の店に逃げ込むことで頭がいっぱいだったイッサクは、昨晩、ミナがここに来ていたのを思い出したのだ。
直後、ミナが上空から街路に突っ込んできて、地面を揺るがした。
「危ねぇ!」
「巣穴を押さえとくなんて、もう狩りじゃん」
「ちくしょー!!」
これからどうする?どこに隠れる?どうやって逃げる?
いっそどこかに押し入ってしまおうか?
切羽詰まったイッサクの目が、戸締まりのゆるそうな家を自然と探し始めてしまう。
ちょうど祭りで散々飲み明かしたのだろう若い連中が、窓もドアも開けっぱなしにして、いびきをかいているのを見つけた。
ここでやり過ごそうと、イッサクはゼーハーと荒くなった息をなんとか抑えて、ドアの隙間に滑り込もうとする、と、同じタイミングで中からドアが開かれ、出てきた男と鉢合わせになった。
「ヤバ」
イッサクが逃げ出すと、中から出てきた男も猛然と追ってくる。
「すみませんでした!悪気はなかったんだ!」
「待て、イッサク!」
追ってくる男が呼びかけてきた。それは聞き覚えのある声で、なんとデスノスだった。
「おまえ、なんで!?」
「気がついたらあの家にいたのだ。お前こそなにを逃げているのだ?」
「ミナに追われてるんだよ」
デスノスは一瞬で狼狽した。
「それを先に言わんか!巻き込まれたではないか!」
「うるせー!俺の犬だったら囮にぐらいなれってんだ!」
イッサクとデスノスが走りながらキックとパンチを応酬している。
「めっちゃ器用」
呆れているリリウィにイッサクが言う。
「お前も自分で走れよ」
「は?なんで?嫌だし」
リリウィはツンとして、イッサクの胸に顔を隠してしまう。
デスノスはしきりに辺りを見回している。
「ヒスイを知らんか?」
「一緒じゃなかったのか?」
「まさか、あのままあの世へ」
するとリリウィがイッサクの腕の中から言った。
「生きてる人間は強制的にこっちに返されるから、よゆーっしょ」
「ラヴクラフトのところに戻ったんじゃね?」
リリウィにつづいてイッサクもいうと、デスノスが
「それならいいのだが」
と自分に言い聞かせるように頷く。
イッサクは感心してその顔を眺めていた。
3人はかなり路地の奥まったところを走ってきた。
イッサクもここがどこなのかわかっていない。
だがその甲斐あってか後ろを振り返ってもミナが追ってくる気配がない。
「巻いたか?」
言ったあとでフラグかなと心配すると、突然、前方の壁が粉々に吹き飛んだ。
みるとヒスイが瓦礫にまみれて倒れている。
「なにやってんだお前!?」
イッサクが声を上げると、ヒスイはすぐに起き上がって、イッサクではなく、いまぶち抜いた壁の穴に向かってナイフを構えた。
「ミナが!」
「へ?」
イッサクは恐る恐る壁にあいた大穴を覗き込むと、「げえっ!!」と青ざめた。
砂埃と夜明け前の薄明かりの中で瞳を炯々と燃やすミナと目が合ってしまったのだ。
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