第52話 童貞、責任をとる(5)
イッサクが命じると、突然、窓から白い稲光が差し込み、雷鳴が館を激しく揺さぶった。
振動は収まらず、それどころか激しくなり、壁に亀裂が走り、床が裂けた。
デスノスはヒスイを助けおこしながら、イッサクの脇に飛びよって怒鳴る。
「何をした!?」
「責任取るって言ったろ。新しい人間とやらもまとめて、ここは全部、廃棄処分だ」
「そういうことは、先に言ってからやれ!!」
頭上からバリバリと屋根を引き剥がすような音がおこり、天井が吹き飛んだ。
あらわになった青く暗い空に、破壊された館の瓦礫がバラバラと舞い上がっていく。
暗い空の中天には台風の目のような穴が空き、瓦礫が吸い込まれている。
中天の穴は雷を纏い、激しく渦巻き、奥が明るく輝いていた。
空を見上げたリリウィが呟いた。
「あっちとつながった?どうして!?」
「マジか?ラッキー」
イッサクはニヤリと笑うと、デスノスの首根っこを掴んだ。
「しっかりヒスイをつかまえていろよ!」
「おい!?コラ!!」
うろたえ喚くデスノスを、イッサクはまるでハンマー投げのようにして、ヒスイもろとも空に向かって放り投げた。
デスノスとヒスイは、そのまま落下すること無く、上へ上へと、中天に渦巻く穴に向かって、上がっていく。
「おー、いったいったぁ」
機嫌よくデスノスたちを見上げるイッサク。
リリウィは悪夢を見るようにうめいた。
「どうしてこんな事ができるの?」
「この館は呪術的なものだ。
こんな不気味な空間にあるんだからな。
そして俺は多少の呪術なら無効化できる。我が家の秘伝だ。
これで、あとは……」
イッサクはリリウィの体を見る。
館が崩れ去っていくにも関わらず、依然リリウィの体には枷が食い込み、鎖が繋が巻き付いている。
血の付いた左手で鎖を掴むが、鎖はびくともしない。
「言ったでしょ?わたしはここから逃げられない」
囚われながら、どこか勝ち誇るようなリリウィ。
その顔を見てイッサクは「なるほど」と、ため息をついた。
そして、パァンとリリウィの頬を両手で思い切り挟んだ。
「何が逃げられないだ!これ、お前が超感応の力で、鎖の幻想を俺たちにみせているだけじゃねーか。リアルすぎてこっちまで縛られている気になったわ!」
イッサクの両手に挟まれながら、リリウィはこれ以上なく目を見開いた。
「う、うち、そんなことしてないっ!」
「だったら無意識でやってるんだ。おまえ、邪神様に会うのが怖いんだろ」
リリウィの目が、凍ったようにイッサクに釘付けになった。
「王族が、お前をここに監禁したのはそのとおりだろう。
だけど、邪神様と会いたくないお前は、それを口実にここに引きこもってたんだ。わざわざ神落としの力で、自分に自分を縛る幻想を見せてまでな。
これだけ消えないから、おかしいとは思ったんだよ」
リリウィは化け物をみるように目を見開き、イッサクから顔を背けようとする。
だが、リリウィの顔を包むイッサクの手がそれを許さない。
リリウィは目をつむり、泣きそうなりながら呟いた。
「しょうがないじゃない。うちがヨーちゃんにひどいことしたんだから」
「自分で自分を罰したところで、それは欺瞞だ。自分も相手も傷つけ続けるだけだぞ」
「……どうしろっていうのよ?」
「謝ればいいさ」
「そんなっ……、許してくれるわけないじゃん!」
するとイッサクは、リリウィの頬をめいいっぱい抓り上げた。
「おまえは、相手が許してくれるとわかっているときだけ謝るのか?」
「……ひ、ひがう!」
「だったら、まずはごめんなさいだ。
ちゃんと反省して謝ってこい。
俺も一緒に謝ってやる。
というか、俺も一緒に謝らせてくれ。
代々にわたって散々利用してきたら、すげー怖い」
イッサクが本当に顔を青くするので、リリウィは「ふふ」と吹き出た。
イッサクはリリウィの頬から手を離し、左手で頭を撫でる。
「お前をどうするかは、邪神様が決める。
もし死ねと言われたら俺も一緒に死んでやる」
「……本当?」
「童貞はウソつかない。なんならデスノスもつけるぞ?」
リリウィは笑みをこぼし、そしてふるふると頭を振った。
「イッサクだけでいい。約束だかんね」
「おう。じゃあ行こうか」
イッサクは再びリリウィの頭を撫でる。
するとリリウィを縛っていた鎖は砂のように砕け散り、黒い破片が暗く青い空のなかへ消えていった。
しかし、その中で一本の鎖が砕けずに残っていた。
その鎖は、暗く青い空の中に銀色に輝きながら、リリウィの左腕とイッサクの左腕をつないでいる。
銀色の鎖を見上げ、イッサクは口を尖らせる。
「なんで残ってんだよ」
「一緒に死んでくれるって言ったっしょ?だから……だめ?」
リリウィは少し俯いて、恥ずかしそうに頬を赤らめる。
鎖はリリウィが見ていたい幻想であり、イッサクに見てほしい幻想だ。
イッサクは、空に踊る鎖を見上げ、それがなんだか結婚指輪みたいに思えてきて、妙な顔になる。
それから、ふっと笑ってリリウィを抱き寄せた。
「まあいいか。結婚は人生の墓場とも言うし」
「誰もそこまで言ってないから!!」
そうして二人は暗く青い空を舞い上がり、中天に空いた穴へと吸い込まれていく。
イッサクは、胸の中で顔を真赤にしているリリウィの顔が、一瞬ミナとダブって見えた。
まったく似ていないのにどうして。
イッサクは中天の穴を見上げて、不安げに聞いた。
「これ帰ったら、どこに出るんだ?」
「確実なのは、王都のどこかということだけよ」
「鉢合わせさえしなけりゃ……」
イッサクはつぶやきかけて、慌てて口をつぐんだ。
こういう、つぶやきには言霊が宿る。
フラグになりかねない。
だがイッサクの脳裏にはミナの顔がよぎり、どうしても不安が拭えなかった。
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